「マリーナ。今お前がここを離れたら、身動き取れない俺は殺されるぞ。情けないが今の俺は、13歳のお前に命を託している」

俺は連れてきている騎士達の誰も心からは信用していない。
今は俺を守る為には人をも殺したマリーナに縋らないといけない状況だ。

マリーナは「親の仇、国の仇」と俺に刃を向けてもおかしくない相手だ。

呪いで体が言うことを聞かない中、俺はいつ暗殺されてもおかしくないと思った。
殺されるならば、はっきりと俺を殺す正当な理由があるマリーナに殺されたい。
体の自由が効かない中、彼女を近くに置いたのはそう言ったことが理由だった。


俺のために人を殺したマリーナを見て、使える女だと思った。
彼女は武器を持つことにも慣れているように見え、一瞬の迷いもなく人を殺した。
彼女を近くに置いておけば、体の不自由が効かない間も身を守れるかもしれない。

確実に彼女に裏切られないために、自分に惚れさせることにした。

「最高の女だ、俺のものになれ」女が一瞬で蕩けるような声色と視線を使って彼女を誘惑した。

女というものは皆、俺を見たら微笑んだ。
俺が美しい見た目をしているからだ。

俺は自分のルックスに自信があったし、見た目や地位に寄ってくる女は星の数ほどいた。
だから、幼いとはいえ女であるマリーナも自分の虜にしてしまえば裏切らないと思った。
女は恋をすれば、身も心隷属してくると俺の経験が語ってきた。

「お前に惚れた、お前が欲しい」13歳の彼女に言った言葉は彼女を想いのままに操りたいがための言葉だった。
マリーナの13歳とは思えない程の知性は魅力的だ。

何よりも彼女は迷いなく俺のために剣を握った。
こんな女は手放せないと思った時に、俺はいつも以上にに自分の麗しいと言われる見た目を活用した。

しかし、彼女には全く効かず、13歳の子供相手に何を言っているのかと呆れられた。
俺はいたたまれない気持ちになり笑って誤魔化した。


自分の国を滅ぼされたからだろうか、マリーナは全く笑わない女だった。
命を繋ぐのに駆け引きを持ち出しても、俺に微笑んで媚びて生き延びようとはしない。


「ユーリ皇子殿下。呪いは朝には紋様こそ出たままですが、効果はなくなり苦しさはなくなります。私を信用して頂き感謝します。必ず、朝まで殿下を守ります」

マリーナは一睡もせず、俺を守るつもりだという。
美しい夜空のような藍色の髪を無惨に切り落とし、奴隷になれといった俺を。

「マリーナ、先程の刺客は、皇后か、キチヌ公爵、弟のルークの指示を受けた者だと思う」
真剣に向き合ってくれる彼女に、自分も真剣に向き合おうと思った。

「その3人の指示だろうとの殿下の意見は、心に留めておきます。明日から、しっかり黒幕を検証していきましょう。殿下、安心して今日はお眠りください。私は命が尽きようとあなたを守ります」

まるで死骸になっても、俺を守るような彼女の言葉に俺は身震いがした。
同じような騎士の誓いを受けたことはあるのに、マリーナは心から言っているのが分かる。

媚びた笑みを向けてこないから?俺のために人を殺したから?
なぜ、こんなにも俺を恨んでいてもおかしくない幼女を信用しているのか自分でも分からない。
ただ、心に棲みつくような彼女の落ち着いた声は、人を欺こうとする者のそれとは違うように感じた。

「黒幕を検証?俺が今、容疑者を言ったはずだが」
「1人のいう意見を鵜呑みにはできません。ユーリ皇子殿下が勇気を出して容疑者を言ってくれたことには感謝しています」

マリーナが俺の意見を「1人の意見」と言ったのが癪に触った。
俺の意見は帝国の皇子の発言だ。
俺の発言はここにいる人間の中では絶対のはずだ。

「マリーナ、俺の言った3人のうちの誰かの指示だ。皆、キチヌ公爵家の関係者だ。そこから洗い出せ。俺の母親も皇后に殺された!」
気づけば俺は彼女を怒鳴りつけてた。

身体中が麻痺しているのに、よくこんな大声が出たものだ。
威嚇するような大声にも全く動じないで、俺を見据えるマリーナはやはり普通じゃない。

「皇子殿下、何かございましたか?刺客による騒ぎはおさめましたが」
切り裂き傷のついたテントをめくって、メバル伯爵が訝しげに顔を出した。
俺を見た途端、悪魔を見てしまったような顔をして目を逸す。

俺はいま身体中に呪いの紋様が浮き出ていて気味が悪いのだろう。
メバル伯爵の反応は正直だ。
誰でも今の不気味な姿の俺を見れば、目を逸すだろう。

「何でもない。下がれ」
俺は声を振り絞っていった。
喉が閉まる感じがして、声を出すのも苦しい。


メバル伯爵が見てはいけないものを見たように、そそくさと去った。
彼はいつもは擦り寄ってくる癖に、今は俺を病原菌のように避けている。
その極端なまでの態度の変化が不快だった。

「ユーリ皇子殿下、無理のない範囲で殿下のお母様のことをお話し願いますか? 」

マリーナは相変わらず淡々としている。
先ほど俺が怒鳴ったのだから、俺のことを怖がったりする方が自然だ。
なんだか彼女は感情が死んでしまっているようだ。

「俺の母は、下働きの平民出身のメイドだった。俺を出産した翌日に不審な死を遂げたんだ。皇后に殺されたと、みんなが言った。それなのに、人殺しである皇后には何の罰も与えられていない!」

俺は幼少より感情を出さないように教育されているのに、感情が抑えられず絞り出すように叫んでしまった。
そして、俺自身もマリーナの両親を殺しているのに、自分の親が殺されたことには腹を立てている。
そのことに気がついてマリーナの表情を見ても、彼女は悲しみも怒りも感じてないように見えた。

マリーナは人を殺しても平然としている上に、俺の言葉も意見の1つと捉える。
俺は彼女の他の女にはない何かに急速に惹かれているのに、彼女は淡々としているのが気に食わない。