いわゆる剣道の「突き」である。

中学生までは禁止されているが、私が剣道部だったのは高校までだ。
兄が剣道部だったので、20万円以上した防具を無駄にしないように剣道部に入るよう親から言われた。

本当はチアリーディング部に入って可愛い服が着たかった。
仮入部で聞いたチアリーダーの衣装が2万円だというと、そんな高額は払えないと親に言われた。

20万以上の防具をあっさり買ってもらった兄と、2万円の衣装を買ってもらえない私。
親にとって私と兄は10倍以上価値が違う存在なのだと感じた。

あの時はその事実を寂しく感じたが、今、恐れもなく剣を握れた。
だったら、あの時イヤイヤながら臭い防具を着て、やりたくもない剣道の練習をする日々を選んだのは正解だ。


刺客の首にある大動脈が切れたのか、大量の血が吹き出した。
それは私の顔に思いっきりかかり、視界を遮った。

「マリーナ、大丈夫か? 」

ユーリ皇子殿下が、いつになく心配そうな声を発している。

「奴隷の心配をしないでください。私はあなたに隷属しているのですよ」

私の言葉に彼は何を思ったのか震える手で私を抱き寄せようとしてきた。

彼の体全身に浮かぶ黒い紋様がより濃くなった気がする。
彼はその黒い紋様により、血中の酸素を吸い取られ身体中が酸欠状態のはずだ。

私がそういう設定にした。
酸欠状態だったのは岩田まりなだ。

私は誰かに自分の苦しみを分かって欲しかった。
私の身動き取れない酸欠のような呪いのような日々を知ってほしかった。

「俺が人を殺したのは14歳の時だ。人を殺した事実に気が狂いそうになって1週間眠れなかったよ。それを帝国のためだと言い聞かせて、やっと眠れるようになった。人を殺すなんて13歳の女の子のお前がやって良いことじゃない」
ユーリ皇子が伸ばしてきた手は、返り血を浴びた私まで届かない。

「守るべきもののために戦ってきた人間はいつだって存在します。人を殺めたこと、その一つに気持ちを寄せてしまえば皆狂っていたでしょう。それが戦うと言うことです。私は、守るべきものをあなたと定めました。だから、あなたを守るためなら身を賭して戦います。あなたを害そうとするものを排除します。その過程でこの身が尽きたとしても本望。後世に私は愚かなものだと伝えられても、私は主人を守れた自分を誇ります」

歴史上、戦争というのは無意味で虚しいものだ。
それでも、殺したくもない相手を守るべきものの為に命を賭して戦ったものがいる。

誰かのために戦う行為は尊い。
「人殺し」だのと簡単に非難されるものではない。

「説教臭いけど、お前は最高の女だな。はっきり言ってお前は狂っているぞ。でもお前ほど狂った女を見たことはない。マリーナ俺のものになれ」

ユーリ皇子殿下がやっとのこと伸ばしてきた手で私の手を引く。
私は寝転がる彼の体の上に倒れ込んだ。

「ユーリ皇子殿下、冗談はそこまでにしてください。それより、先ほどの暗殺者はどこの手のものですか?帝国にたどり着くまで、あと1週間もあります。このようなことが頻発しては身が持ちません。犯人が誰から依頼されたのかはっきりさせた方が良いでしょう」

私の言葉にユーリ皇子が苦しそうに笑う。
今、体中に紋様が昼間より濃く浮き上がっている。

彼の痛みと苦しみは限界を突破してそうだ。
それなのに、彼が無理をしてでも私に笑いかけてくれるのは何故だろう。

「俺の命を狙う人間なんていくらでもいるさ。まあ、殺される時は一瞬だ。味方のふりをした敵ばかりいる中、本当の味方はいると思うか? 」

私はユーリ皇子殿下の言葉に体中が痺れるような気がした。
味方のふりをした敵とは、私にとって恵麻だ。

いつも、私のものを奪い、気まぐれに私を孤立させて苦しませてきた。
それを彼女が楽しんでいるのを分かりながらも、私は母から彼女は「赤ちゃん頃からの友達」だと聞いてたので大切にした。

「本当の味方などいません。都合の良い時ばかり擦り寄ってきて、蹴落とす機会を伺うものたちだけです」
私の回答にユーリ皇子は驚いたような顔をする。

「では、お前も俺の敵か?聞かずともわかるな。お前の両親は俺が殺したのだから、お前が俺を恨むのは当然の権利だ」
体を起こせず寝転がりながら言うユーリ皇子は、いつになく苦しそうだ。

「恨んでませんよ。何故なら私はユーリ皇子殿下を守ると誓い、両親のことは元々何とも思っていませんから」
正直なところリラ王国の国王も王妃様も私にとっては知らない人だ。

私は気がつけばユーリ皇子殿下に忠誠を誓うように、彼の手の甲に口付けをしていた。
弱ったところを攻撃される彼の現状に、いつも恵麻の気分に振り回された自分の境遇を重ねた。

私が軽く口付けて顔を離すと、ユーリ皇子殿下が見たこともないような私を射抜くような目で見つめてくる。

「何か欲しいものがおありですか? 」
「お前に惚れた。お前が欲しい」
「13歳ですよ」
私が食い気味にマリーナの年齢を言うとユーリ皇子は笑った。

「ユーリ皇子殿下、今から騎士達に聞き取りに行ってきます」
立ちあがろうとした私の手首を皇子殿下は力の限り掴んできた。