「お前、いい加減にしろよ。まりなが指をなくしたら、それくらい治してあげろよ。指輪くらい幾らでも買い直せば良いじゃないか。お前はダイヤモンドと馬のフンの区別もつかないんだから、一生馬のフン愛でとけ」

俺は笑顔を作り他の大部屋の入院患者に会釈すると部屋を出た。

どうして、俺じゃなくてあんなクズ男とまりなが付き合ったのか苛立たしいが今はそれどころではない。
とりあえず、医局に戻り俺は岩田まりなを知っている人がいるのか片っ端から尋ねてみることにした。
恵麻と誠一に尋ねれば分かるかもしれないが、正直もう関わりたくなかった。

「岩田まりなさんですか? 過労で倒れて先程目覚めた患者さんに同姓同名の方が居ましたよ。お姉さんがいらしてて、今日にでも退院させるって聞かなくて大変でした」

ナースの一人の言葉に俺は過労で倒れたという岩田まりなの病室に急いだ。

まりなの家は元々問題のある家庭だった。
金銭的に困窮している訳ではないのに、まりなにだけは金を一切かけようとしない。
修学旅行代も出してもらえないと聞き、驚いたものだ。

「まりな、お前、川から流れて来た子なんじゃないのか? 」
「そうだったら、良かったんですけどね。私は両親と血が繋がっています。でも、両親にとって私は予想外の子だったらしいので兄や姉とは同等に扱えないそうです」

俺はまりなが酷い兄弟間差別を受けていることを知っていた。

そして、彼女自身がその待遇を当たり前に受け入れてしまっていることも分かっていた。
どうして、愛した彼女から愛してもらえなかったからといって逃げてしまったのだろう。

虚言癖の友人と毒家族に縛られて、まりなが身動きが取れないことを知っていたのに⋯⋯

今度出会えたら、たとえ俺を愛していなくても俺はまりなを誰より大切にすると約束して一緒にいたい。

そう決意して彼女の病室の前に立った時、愛しくて懐かしいまりなの声と予想を超えた彼女のクズ姉の声が聞こえた。

「まりなには今日退院してもらうから、しっかりとお父さんとお母さんの面倒を見なさいよ。あんたにできることはそれくらいなんだから」

俺は怒りを抑えながら、扉を開けた。

「え、俳優さん? もしかして、今、撮影中ですか? 」
急に和かな顔を作ってくるまりなの姉に鳥肌がたつ。
そして、俺を驚いたような顔で見つめるまりなを見て胸がいっぱいになった。

「私は、スーパードクター早瀬侑李です。アメリカから呼ばれて手術に来ました。ちなみに24年程まりなさんに片想いしています。彼女を諦めきれず、この度プロポーズをしに来ました」

久しぶりに再会したまりなの前で自分を大きく見せたくて、自分で自分のことをスーパードクターと言ってしまった。

「え、なんでそんな凄い人がまりななんかに、プロポーズするの? 」

とにかく、まりなの姉が煩いので放置しておくことにした。
俺は本当に会いたかった俺の運命の相手に再会できた。

「出会った時から、まりなだけが好きだ。君が全く俺のことを好きにならなくても構わない。俺が世界で一番まりなを愛しているし、大切にすると約束する」

跪きまりなの左手を取ると、左手の薬指が確かに欠損していた。
俺は予約とばかりに、そこに口づけをした。