「マリーナ、やっと君と結婚できる。君を俺だけのものにできる」
マリーナと出会ってから5年の時が経った。
マリーナは18歳、俺は22歳だ。

皇帝になった時から、結婚を急ぐように圧力があったが俺はマリーナが成人するのを待った。
奴隷の彼女と結婚することに批判はあれど、マリーナならそのような世論はひっくり返せる。
彼女は俺にとって特別な女だけでなく、本当に人を変える魅力を持った女だからだ。

「ユーリ皇子、本当に私の夢を叶えてくれましたね。最後の1つの夢も今日叶います」
俺はマリーナがしたいことを全て叶えると彼女と約束していた。
教師になること、作家になることも達成した今、彼女が願うことはなんだろう。

「もしかして、愛する人のお嫁さんになることを夢見たりしていたのか?それから、俺たちは夫婦になるのだからこれからは俺のことをユーリと呼んでくれ」

俺は冷静でクールなマリーナがそのような普通の女の子の夢を持っているのだろうか。
俺の言葉に恥ずかしそうに、彼女は頷いた。

「マリーナ、可愛すぎるぞ。どこまで俺を夢中にさせるんだ。さあ、今から結婚式だ」
俺は美しいウェディングドレスのマリーナを抱き上げて式場まで連れて行く。

マリーナにはヴァージンロードを一緒に歩く父親はいない。
5年前に俺が殺したからだ。
天涯孤独の奴隷の身に彼女を堕としたのは俺自身だ。
しかし、今日マリーナと一緒にバージンロードを歩く2人の男は彼女を俺の次に想う男だ。

1人目は俺の弟であるルーク・ハゼ。
彼はマリーナと一緒に教師として教鞭を執ることで自分を取り戻していった。

それまでは、俺も知らなかった暗殺のトラウマでどこか怯えていた印象があった。
今では、彼は俺を心強くサポートしてくれる臣下であり、大事な弟だ。

マリーナが彼に謝るように俺を促さなければ、俺は理不尽に彼を責めてたことを一生謝れなかった。
俺とルークの関係もマリーナが修復してくれた。

2人目はイサキだ。
彼はマリーナが教師として働いていた学校で発掘してきた人材だ。
誰よりも鋭い洞察力と人並みはずれた記憶力のある優れた人物だ。
最初は癖が強すぎて周りとうまく溶け込めなかったようだが、今ではすっかり行政部のエースだ。

マリーナが彼の生き辛さによく寄り添って彼を光の方に導いてくれた。
俺は彼のことが最初から気に入っていた。
やはり、エマ・ピラルクやメバル伯爵に嵌められそうになった時、腕を切って俺を助けてくれたのが大きい。
エキセントリックな行動に周りは引いていたが、俺はあの瞬間、彼にマリーナと似たものを見た。
俺のために躊躇いもせず人を殺した彼女と同じで、彼は俺のために躊躇いなく腕を切った。


式場に向かう馬車に乗り込むと、真剣な面持ちでマリーナが尋ねてきた。

「ユーリ、あなたは皇帝ですが私は奴隷です。強引に今日という日を迎えましたが、これから私と結婚することで非難されたり不必要な困難に見舞われるのは分かっていますか? 」
周囲から他の女と結婚するように促されても、俺は5年もの間マリーナを待ち続けた。
それなのに、結婚式直前になってまだマリーナは及び腰だ。

「マリーナ、君を手に入れるためにする困難は不必要な困難ではない。俺にとっては必要なものだ。どんな困難も君となら、乗り越えていける。お前はただ俺を好きだと言ってくれていれば良い。それから、これからはその後ろ向きな発言は禁止するぞ。マリーナは帝国の皇后になるんだ。俺の前ではネガティブになっても、表向きは堂々としていなきゃダメだ。それから、俺に対しての敬語もやめろ。皇后というのは、唯一皇帝と同等の地位である存在だ。それに、マリーナは俺のたった1人の奥さんだ」

俺はマリーナの左手を握り薬指を撫でながら語りかけた。
今日、この指に結婚指輪を嵌めると思うと緊張する。

「ユーリ、完璧です。私はお互いに助け合い、高め合っていきたかったんです。あなたと一緒に。私の駄目なところを時に注意してくれるところも好きでした」

マリーナの海色の瞳が涙で波を打っている。
俺たち夫婦はこれから始まるというのに、彼女は過去形で話しているのが引っかかる。
彼女の瞳から零れ落ちた涙に俺は口づけをした。

「マリーナ、生涯をかけて君を幸せにする。その涙が嬉し涙でも、涙は俺の前だけで見せるんだぞ。帝国の母がこのような可愛い泣き虫だということがバレてしまったら大変だ」

マリーナはもうすぐ式場に到着すると気がついたのか、必死に涙を止めようと息を止めていた。
その仕草も愛しくて抱きしめると、彼女はなぜかもっと泣きそうになってしまった。