私が侑李先輩と図書室で会っていたのは、主に中休みだった。
恵麻は可愛くて男子に人気だったので、女子からは疎まれ始めていてもいつも休み時間は男子に囲まれていた。
私はその時間に逃げるように図書室に行った。

本が好きだと言うこともあったが、この頃には恵麻の相手が辛かった。
彼女は気分屋で私を陥れるようなことを周りに言いふらし、会話の内容は嘘ばかりだ。
私の脳は一度聞いたことは覚えてしまうらしく、彼女の言葉の矛盾が気になってしまい付き合うのがきつかった。


「まりな、田代恵麻とはもう付き合わない方が良いよ」
ある日、2人きりの図書室で侑李先輩が意を決したように言ってきた。

「恵麻に何か言われましたか?もしかして告白でもされました?」
恵麻はユーリ先輩に憧れていると言っていた。

「告白されたよ。それで、俺が好きなのは岩田まりなだからって断った」
侑李先輩が真剣な目で私を見つめてくる。
毎日のように彼は私に告白している。

彼が私を好きなことは私には嫌という程わかっている。
ただ、人気者で超イケメンの彼と私が付き合うのを周りがどう思うかを気にして曖昧にして避けていただけだ。


「岩田まりなは地味に見えて、援助交際とかもしてるし、男と遊んでばかりいるからやめた方が良いとでも言われましたか? 」
恵麻の定番の私を陥れる時の言葉だ。

実際、男と遊んでばかりいて援助交際をしているのは恵麻だ。
でも、私が彼女にそれを指摘したら逆ギレされた。

「私、継父にヤられてるの。その気持ち分かる?」
泣きながら、私に恵麻は自分が性虐待を受けていて可哀想な子だとアピールしてきた。
恵麻の実父は彼女が1歳の時に離婚してしまった。

原因はおそらく彼女の母親だ。
彼女の母親も酷い虚言癖を持っていた。
正直、私は恵麻の家族と過ごす時間が苦痛だった。

彼女の母親はルックスは抜群なのだが、自分を大きく見せるための嘘ばかり吐く方だった。
再婚して恵麻の継父になった方は、家庭の事情までは分からないが客観的に見て田代家で一番まともな人間に見えた。

「中卒のくせに、また海外の大学を出てるとかほら吹いてたわね」
私の母は、恵麻の母親の虚言癖を楽しんでいた。
会っている時はにこやかに話を聞いているが、家では彼女をネタに笑っていた。

(母親同士も本当の友達じゃないのに⋯⋯何で私まで恵麻との友情に拘っていたのか)

「もし、本当に継父の性的虐待があるなら、警察に言った方が良いよ」
私の回答が恵麻の望むものではなかったのだろう。

恵麻の望む回答は「そのような境遇なら援助交際をしても仕方ないよね」だ。
恵麻はそれ以降は、自分は実父の面影を求め援助交際を繰り返していると虚偽の内容をすり替えた。
彼女は狡猾な嫌らしい賢さと虚言癖を持っていたからタチが悪かった。

「援助交際していて、男遊びが激しいのは君のことでしょ。自己紹介お疲れ様。君は精神科にかかったほうが良いよ、虚言癖は精神疾患だからって言っておいたよ」
侑李先輩が恵麻に伝えた言葉に私は反発した。
恵麻が虚言癖があることなんて、私は昔から知っている。
でも、彼女自身が傷つくと思って精神疾患があるから病院に行けなどと言ったことはない。

「侑李先輩は医者になりたいんですよね。だったらもっとオブラートに包んで話をしないと、優秀でも患者さんに嫌われて仕事にならないと思いますよ。恵麻が虚言癖があるなんて、長く付き合えば誰でも分かります。それでも、本人に直接そのことを伝えたらどれだけ傷つくか分かりますか? 侑李先輩はいつも黙っていることで自分を誤魔化しているけれど、言葉にすることは精査した方が良いですよ」

私は自分のことを想ってくれている相手に対して、かなり残酷なことを言ったと思う。
そして、おそらく彼も私と同じように人とうまくやるのに苦労していることを知っていた。
それを分かった上で、彼が一番言われたくないことを言ってしまった。

「まりなの言う通りだよ。俺は黙っていることで、楽に過ごそうとしている。だけど、お前といる時は自由に話せて本当に楽しかった。俺はまりなのこと大好きで、ずっと側にいたいと思っていた。でも、まりなは違うんだよな。お前の大切な友達を悪く言ってごめんな」

侑李先輩は私にそう言い残すと図書室を出て行った。
私はそれ以降は図書室に行かなかったし、侑李先輩を避けるように過ごした。

赤ちゃんの頃からの友達だから大切にしなければと言う思いに囚われ過ぎていた。
どうして、私をいつも弄び陥れる恵麻との友情に拘ってしまったのか。

私は、両親だけでなく姉や兄まで嫌いになる人間だ。
親友だと思っていた恵麻のことは本当はずっと嫌いだった。
22年間付き合った誠一のことは最初から好きじゃなかった。

私は23年前の間違った選択で、唯一自分が一度も嫌いになったことがなく大好きだった相手を失った。