「それにしても、マリーナは執筆スピードが早いな。教師の仕事で忙しくしているのに、よくこれだけ早く次々と物語を紡げる」

俺は自分が彼女を奴隷にしてしまった後悔と懺悔の念から話を逸らした。
マリーナは物語を1日最低でも2作品は書ける。
ただ、作品の内容が大衆ウケしない変なモノばかりだ。

「私の頭の中は、いつも沢山の世界が存在します」
困ったような顔で、マリーナが俺を見つめてくる。

「もしかしたら、岩田まりな40歳の話もマリーナが作った物語の一つなのか?」
「岩田まりなは私が逃げ出せない現実です。ユーリ皇子殿下そろそろ時間です。今日はあなたの運命の相手も来ますよ」

彼女は自分が「岩田まりな」だった話をする時、どんな顔をしているのか見たことがあるのだろうか。
俺は、彼女が苦しくて死にそうな顔をして話している「岩田まりな」として生きた物語を、彼女の創作だと疑ったことはない。
ただ、彼女に辛い時の記憶を忘れて欲しかったから、創作なんじゃないかと言っただけだ。

「マリーナ、俺はお前を婚約者指名するつもりだ。お前もちゃんとこれから婚約者候補として1週間の日程に出席するんだぞ」
俺の言葉を聞いて、マリーナが動揺したような顔をみせる。

「ユーリ皇子殿下、私を婚約者指名などしたら皇帝になれなくなってしまいます。私は奴隷ですよ」

他の婚約者候補は結婚適齢期の王女と聖女だ。
14歳の奴隷であるマリーナには、居心地の悪い場所だと分かっている。
でも、マリーナ以外の女になど俺自身が興味がない。

皇帝になろう。
誰にも文句を言わせない立場に立ってしまえば、奴隷であるマリーナを妻にできる。
俺はマリーナしかいらない。

「安心しろ、俺は皇帝になる。それよりも、今一番俺がしたいことはお前の夢を全て叶えることだ! 愛している。マリーナ」

マリーナの気持ちはどこにあるのか分からない。
自分の美しいルックスを武器に彼女を誘惑しても何の効果もなかった。
でも、彼女自身も諦めてそうな彼女の夢を叶える魔法使いになれば、彼女の心を得られるかも知れない。

「そのようなことを言っていると、ユーリ皇子は幼女が好きな変態だと思われてしまいます」

誰とも比べられない変わり者のマリーナに変態扱いされているのがおかしくなってくる。

(変態はお前だマリーナ⋯⋯でも、変態なお前が好きなんだ)

「俺は幼女が好きなんじゃない、マリーナが好きなんだ。しかも、君は40歳だと言っていたじゃないか。もしかして、あれは俺から逃げるための言い訳か?」

マリーナが14歳でも40歳でも、どちらでも良い。
彼女の正体が何であれ、俺には彼女しかないと思える。

「ユーリ皇子、今からあなたの運命の相手である聖女エマ・ピラルクが来ます。一目で恋に落ちますから、私を婚約者指名したいなどという冗談は言わないでくださいね」

燃え盛るリラ王宮を囲む湖から現れたマリーナを思い出した。
藍色の髪から、殺さなければならないリラ王家の人間だとすぐに分かった。
でも、彼女を殺せなかったのは何故だろう。

(俺が一目で恋に落ちたのはマリーナお前だ。絶対にお前を逃さない)