「帝国軍が攻めてきたぞー!リラ王家を守りぬけ!」

目を開けるとパニック映画のような光景が広がっていた。
中世の西洋のような宮殿には、多くの帝国の騎士が侵入してきている。

「マダイ卿、ここは私たちが食い止めます。どうか、マリーナ王女をお守りください。リラ王家に栄光を。」

騎士の言葉に私はハッとした。
マダイ卿というのは私がリラ王国の王室騎士団長につけた名前だ。
私は魚図鑑を見るのが好きな魚オタクだったので、気がつけば物語の登場人物に魚の名前をつけていた。

「マリーナ王女。国王陛下も、王妃様も既に首を取られました。お2人の忘れ形見であるあなた様だけでも、我が命をかけて守り抜きます」

王室騎士団長であるマダイ卿は、マリーナ王女を守れないことを私は知っている。
帝国のリラ王国への侵略は、私がユーリ皇子の残虐性を示すために作ったエピソードに過ぎない。

13歳の幼い王女も含め、王城にいたものを全滅させるユーリ皇子。
そんな彼の氷のように冷たい心さえも溶かしまう心優しい聖女エマ。
エマと出会う前のユーリ皇子は冷徹だったことを示したいが為に作った為のエピソードだ。

13歳の王女の名前も外見も設定してもいなかった。
教師になりたかった私が、子供が犠牲になるエピソードを書くなんてらしくない。
やはり、あの時の私は恵麻を許せておらず、彼女の妊娠を祝福していなかったと言うことだ。


「マリーナ・リラ生き残りたい?」

私は鏡でマリーナの顔を初めて見た。
外見の詳細も設定していなかったユーリ皇子の残虐性を示すだけのスパイスのような存在、マリーナ・リラ王女。

「こんなに可愛いのね。私も可愛かったら幸せになれたかもと考えた時もあったのよ」
帝国軍に攻められている時だというのに、私は姿見を見ていた。

鏡の中のマリーナは藍色に海色の瞳をした美少女だ。
岩田まりなは、マリーナのような美少女ではなく可もなく不可もない顔だった。

マリーナ・リラになった私は気がつけば、2階の窓を開けて王宮の目の前の湖に飛び込んでいた。
ドレスが重たくて泳ぐのが辛いけれど、生きるためだと思えば力が出てくる。
何とか湖の端まで泳ぎ切って、陸に上がる。

(まるで、脱獄囚みたいね⋯⋯)

「驚いたな。リラ王国の王女様は魚だったのか」

頭の上から低い声が聞こえてきて、私は恐る恐る顔を上げる。

そこには銀髪に青色と緑色のオッドアイを持ったユーリ・ハゼがいた。
私が『救いの聖女』の物語で、ヒロインの聖女エマと結ばれる男主人公として書いたハゼ帝国の第一皇子だ。
ユーリ・ハゼは私の初恋の人である侑李先輩をモデルにした。

侑李先輩は人気者で派手な印象を持たれていたが、よくファンから逃げては図書室に避難していた。

彼は窓際の指定席で読書をしたり、勉強をするのが日課だった。
派手な印象の彼が、中休みに図書室にいるとは誰も思っていないようだ。

窓際の彼の指定席に陽が射すと、彼の片側の瞳が照らされて薄茶色に見えた。
彼の元々の焦茶色の瞳と比較して明るく見えて、オッドアイみたいでカッコ良いと思っていた。

私は静かな図書室でよく先輩と2人きりになった。

ずっと憧れていた侑李先輩をモデルにしたユーリ・ハゼが、剣を振りおろし私を殺そうとしている。

「腕を捲ってください!あなたは、すでに魔術師の呪いにかかっています。私はその呪いを解く術を知っています。今、私を殺すと呪いは解けませんよ」

私は思いっきり、大きな声で叫んだ。
ユーリ皇子は剣を一旦鞘にしまうと腕を上着を脱いで、シャツの腕を捲った。

「なんだこれ、熱持ってるし。おい、今すぐ呪いを解けよ」
「私を生かしてください。そうすれば、呪いを解きます」

「リラ王家は根絶やしにする。お前を生かしておくと、そのうち王家を滅ぼしたことに対する復讐をしてくるから危険だ」

「私はマリーナ・リラ、たったの7歳の少女です。7歳の女の子を恐れているのですか?私を奴隷の身分に堕としても構いません。私は生きてさえいければ、あなたの為に何でもします」

今の私はマリーナ・リラだ。
恵麻への私怨とユーリ皇子の残虐性を示すために、7歳で何の罪もない女の子が死ぬエピソードを書いてしまった。

かつて、教育者を目指した人間として失格だ。
この世界は存在すると、今、マリーナの心臓の鼓動が私に伝えてくる。
ならば、今、この体に憑依している私は本物のマリーナに体を返す時まで生きていなければならない。