「図書館は宮殿のように立派な建物だった。
中に入ると沢山の本が天井近くまで所狭しと並んでいる。
とても立派な図書館なのに全く人気を感じない。

きっと民衆の税金で建てた施設だろう。
私は税金の無駄使いに憤りを感じたが、夢の中の話だと怒りを鎮めた。

「ユーリ皇子殿下、そろそろ降ろして頂けませんか?本を読みたいのです」

ユーリ皇子は名残惜しそうに、そっと私を床に下ろした。

この世界での生活も1週間になる。
夢なら随分と長い夢だ。

初日に私を殺そうとしたユーリ皇子は、高校の時の侑李先輩が憑依したかのように私に甘い。
「まずは、帝国史がこちらの本棚にある」
笑顔で私の手を引き案内するユーリ皇子殿下にまた先輩が重なる。

(どれだけ未練がましい女なのか、23年も前のことなのに⋯⋯)

「あ、兄上、ここには何のご用事で」

誰もいないように見えたが、明らかに戸惑った表情を見せる銀髪に緑色の瞳を持った少年が隠れるように本を読んでいた。
帝国の紋章がついた礼服を着ている彼はこの国の第二皇子だ。

「ルーク・ハゼ皇子殿下に、マリーナがお目にかかります」

奴隷という身分で皇子に挨拶することは不適切かもしれない。
それでも、私は彼と関わりを持ちたかったので挨拶した。

現在14歳だろう彼は皇后の実子だ。
私の書いた小説では、皇后は彼のことを皇帝にしたくてユーリ皇子の命を狙う。

しかし彼自身が兄であるユーリ皇子をどう思っているかについては記載しなかった。
この設定だけ私の書いた小説と酷似した世界では、ルーク・ハゼがどういう人物かは分からない。
私はまっさらな気持ちで彼と関わりたいと思った。


「マリーナ様は、リラ王国の王女だった方ですよね。ご家族を失われたこと、お悔やみ申し上げます。戦争とは残酷ですね。早く終わって欲しいものです」
ルーク皇子殿下の言葉は予想外だった。
ハゼ帝国が攻めてきたことで、リラ王国は陥落してマリーナは家族を失っている。

しかし、当事者であるはずの帝国の皇子である彼はどこか人ごとのように話している。
食中毒になった騎士たちの看病をしていた時に、帝国は領土を広げることに必死でルーク皇子は12歳から戦場に出てると聞いた。
今、目の前にいて戦争を人ごとのように語る少年が戦場を知っているようには思えない。

ふと、ユーリ皇子の表情を見ると攻撃的な表情でルーク皇子を睨みつけていた。

「ルーク、このようなところで何をしている。マリーナが俺を恨むように仕向けたいのか?生憎、彼女はそのような単純な女ではない」
「兄上、僕はそのようなつもりはありません」

ルーク皇子殿下は先ほどから、ユーリ皇子に怯えているように見える。
それは、ユーリ皇子殿下が見下ろすように殺し屋のような目で彼を睨んでいるからだ。

ユーリ皇子の母親の死にルーク皇子殿下が関わっていないことは明白になったはず。

敵視していれば、相手は自ずと自分の鏡のように敵対してくる。
今のユーリ皇子殿下の態度は敵かも分からない相手に対して、敵になるように誘導しているようなものだ。

「ユーリ皇子殿下、3歳も年下の弟君に対してもっと優しくはできませんか? 無用な疑惑により辛くあたっていたということに心当たりがあるのなら、まずは謝ってみても良いかも知れませんよ」
「なぜ、優しくする必要がある。ルークは皇位を争うライバルだ。無用な疑惑とは母上の死のことを言っているのか?俺がルークに謝るだと?」

私はゆっくりと頷いて、ユーリ皇子を見据えた。
ユーリ皇子殿下の瞳が困惑しているのか揺れている。

私は彼に自分が3歳も年下の弟に対して、理不尽な怒りをぶつけていると気がついて欲しい。
2人の関係についてそこまで詳しくはないが、私の見た限りユーリ皇子が一方的に敵意を持っているように見える。

「ルーク、実は母上が不審死を遂げたと聞いてお前の関与を疑っていた。もしかして、俺の当たりがきつく感じたのならそのせいだ。すまない」

背も高くガタイも良いユーリ皇子が14歳のか弱そうな少年のルーク皇子に謝る。
私はその姿がとても尊く感じた。
大人が子供に謝ることはとても難しいと知っているからだ。

「兄上、謝らないでください」
ルーク皇子が握手をしようとしたのか右手を差し出した時に、私はあることに気がついた。