この1週間関わって、彼女はとても知識欲がある女だと思った。
勉学に励ませてやれる環境を作れば、彼女の笑顔が見られるかもしれないと期待した。

「お前の目標とする教師は、お前には作家が向いていると言ったんだよな。そのムササビの物語以外にはどのような話を書いたんだ? 」

俺は動物が主人公の物語を読んだことがない。
マリーナの発想はとても不思議だが、子供が読むなら動物が主人公だと面白いかもしれない。

「年下の上司に契約婚を持ちかけられる話とかでしょうか」
マリーナは思った以上に不思議な発想を持つ女だった。

「契約婚とは何だ? 」
「契約を交わした上で結婚をすることです。年下の上司は女嫌いです。でも、立場上結婚をせねばならず、主人公に1年後離婚することを契約に盛り込み契約婚を持ちかけます」
契約婚とは、政略結婚とは違うらしい。

「女嫌いなのに、どうして主人公とは1年だけでも結婚できるんだ?主人公は実は女のフリをした男なのか?」
「そのような隠された真実はありません。主人公はただの売れ残りの女です。契約婚を持ち掛けやすい後腐れなさがあるので、年下の上司は彼女を利用しようとしただけです」

マリーナは俺の疑問が面白かったのか、少し笑いを堪えている。
彼女の顔が和らいだだけで、俺の心は温かいもので満たされていく。
今、明らかに訳の分からない物語についての会話をしているけれど、俺はこの会話を続けようと思った。


「売れ残りとは年増女ということだな。そのような後のない女に手を出して、1年後離婚しようという上司は最後はしっかり破滅するんだろうな」
「いえ、上司は年増女の献身的なところに心を動かされ、最後は契約婚ではなく2人は本当に結ばれます」

もし、彼女が小説を書きたそうならば出版して、ベストセラー作家にしてやりたいと思った。
しかし、マリーナの作った物語は明らかに変で売れない。

動物主人公の子供向けの物語を書くように誘導した方が良いかもしれない。
彼女は明らかに物語を創造することが好きだ。
自分の創った物語が世に出て受けいれられば、マリーナの自信に繋がり彼女の笑顔が見られそうだ。


「マリーナ、動物を主人公にした子供向けの話を書いてみたらどうだ?」
「契約婚の話は面白くなさそうですか?前半はツンツンしている上司が、後半はデレデレで少し強引に主人公に迫ってきます。年下に迫られたい年増女の願望を満たせる物語だと思うのですが」
俺の提案をスルーして契約婚の物語を推してくる彼女は余程その変な物語に自信がありそうだ。

(自分のことを奴隷だと卑下するくせに、奴隷とは思えない頑固さだ⋯⋯)

「マリーナは年下に強引に迫られたいのかな? 」

俺は床に座り込む彼女をお姫様抱っこして、ベッドに横たわらせ見下ろしてみた。
この体制に少しでも、ときめいたりしてくれないか期待したが彼女は呆れた顔をしていた。

「13歳の私からみて年下は12歳以下です。早速、勉強をしたいと思うのですが皇宮の図書館はどちらでしょうか? 」

(さっきは、自分は40歳だと言ってたくせに⋯⋯)

「マリーナ、まだ、体は疲れて思うが大丈夫か? やる気になっているなら、図書館まで案内するぞ」

やはり、彼女は教師になれるなら教師になりたいと思っていそうだ。
死んだ魚のような目をしていたのに、今は目に力が漲っている。

俺は、彼女をエスコートしようと思い手を差し出した。

「私はもう王女ではありません。奴隷をエスコートしていたらおかしく思われますよ」

マリーナはまた強張った表情になり、俺のエスコートを断ってくる。
(彼女の国を攻め、彼女を奴隷に堕としたのは俺だ⋯⋯)

俺は彼女の膝裏に手を入れ、彼女を持ち上げた。
「な、何をなさるのですか?おろしてください」
「このまま、図書館に連れてくことにした。エスコートしてもらうよりも、注目を浴びるかもな」

俺は抵抗する彼女をお姫様抱っこしたまま、図書館に連行した。
この部屋を一歩出れば、マリーナを敗戦国出身の奴隷として見るものばかりだ。
マリーナを知れば、みな彼女は安易に見下してはいけない価値ある女だと気づく。

(でも、その前に俺にとって彼女が特別な存在だと見せつけなければ⋯⋯)

抵抗しても無駄だとわかった彼女はまた無表情で何か考え事している。
俺にお姫様抱っこされて、頬を染めて見上げてくる彼女が早くみたい。