私は結婚式の半年前に工場で、婚約指輪ごと左手の薬指を事故で切断した。
切断された薬指と指輪は機械に巻き込まれて戻ってこない。
そこから、私の運命は暗転した。

工場に行けば「いつまで働いているのか、仙人か」と言われた。
「なんでうちが労災払わないといけないんだよ。ババアのドジのせいで機械まで壊しているのに」
正社員たちが口々に話している。
私は契約社員だから、そろそろ契約を切られるかもしれない。


♢♢♢

「ごめん、やっぱり、恵麻ちゃんが好きなんだ」
指を失って3ヶ月、私が誠一に呼び出されると隣には親友の恵麻がいた。
可愛くて人気者の恵麻は私と幼い頃からの仲良しだ。

彼女は高校を卒業すると東京に出て、私は地元の国立大の教育学部に入学した。
進路が異なって会っていない期間もあったが、ずっと連絡は取り合っていた。


高校生の時、恵麻は誠一の告白を断った。
その後、第二希望のように誠一は私に告白してきた。

私は傷ついた彼を放っておけず受け入れた。
あれから、22年間彼と一緒に過ごした時間はなんだったのか。

「まりなの指をなんとかしたいって誠一に相談されてたら、そんな感じになっちゃったの。今、お腹に子供がいるんだ。こればっかりはしょうがないじゃない、大切な命の話だし」
恵麻は整形外科の受付をしている。

(受付に相談してどうするのよ。誠一は恵麻に会いたかっただけなんじゃ。それとも、恵麻が私が結婚するのが嫌で誠一を誘惑したんじゃ⋯⋯)

私は2人に対して不信感しか持てなかった。
気が付くと自分の切断された左手の薬指を覆うように右手で隠していた。
恵麻の表情が勝ち誇って、私を馬鹿にしているように見えるのは全て私の被害者妄想だ。

彼女とは物心つく前の赤ちゃんの頃から家族ぐるみの付き合いだ。
恵麻は昔からモテモテで中学生から、彼氏が途切れたことがない。

恵麻は30歳過ぎた頃になると不倫を繰り返した。
私は誠一の結婚に対して後ろ向きな態度に嫌気がさしながらも、彼の側にいた。

私と恵麻は結婚できなかったら、将来はシェアハウスして一緒に住もうと良く言い合った。
恵麻のお腹の中には今、私が22年付き合った男の子供がいるらしい。
アラフォーで子供ができるなんて確率が低いんだから、私は彼らを応援しなければいけない。

「そうなんだ。子供にはお父さんが必要だしね」

私の言葉に誠一と恵麻の顔が曇った。
もっと、2人を応援するコメントをしなければ。

「ずっと思い合ってた2人なのかな。元気な赤ちゃんを産んでね」

私は精一杯、声を振り絞った。
どうやら、私は模範解答をしたらしい。
誠一と恵麻は満足そうに微笑みあっている。

私は恵麻が一度も、誠一を好きではなかったことを知っていた。
誠一は22年間私と付き合ってきたのに、私より恵麻を選んでいる。

それ以前に私と婚約中なのに、恵麻と子供ができるようなことを彼はしたのだ。
親友だと思ってた恵麻も、私の婚約者を奪っていて一言も謝らない。


「ありがとう。まりなにはこれからも友達でいて欲しい。」

恵麻が笑顔で私の手を握ってくる。
ふと彼女の隣にいる誠一を見ると、彼はもう恵麻のことしか見ていない。
虚しいとはこういう気持ちのことを言うのだろう。

「もちろんだよ。私は2人の一番の応援団だよ」

私の指を治す話は忘れ去られたように、誠一と恵麻はマタニティーウェディングと生まれてくる子供の話をしていた。
自分は2人を祝福しなければならないと思った。
恵麻のお腹には子供がいるのに、恨んでしまってはその子に申し訳ない。

♢♢♢

「私はユーリ先輩一筋だから。まじ、同級生の地味男とかないわ」
高2の時、同級生の誠一の告白を断った恵麻は私に言った。
ユーリ先輩こと、1学年上の早瀬侑李は下級生がファンクラブを作るほど有名な存在だった。

人気者の侑李先輩とは真逆で、誠一は目立ったところもない人間だった。
誠一は恵麻に相当手ひどい振られ方をしたのか、振られた時はやつれていた。
私は必死に彼を元気づけた。

「まりな、君をいつの間にか好きになってしまった。俺と付き合って欲しい」
誠一は恵麻に振られてから2ヶ月ほどで、私に告白してきた。
私は彼の告白を信じてはいなかった。

彼はただ寂しい自分を癒してほしい人間が欲しいだけだとわかっていた。
あの時、彼に同情してしまい付き合ったことで22年もの時を無駄にしてしまった。


工場から帰宅すると、ひたすらに両親の介護をする毎日だ。
私には2人の10歳以上年の離れた兄と姉がいる。
2人とも家庭を持ち、子供がいるから介護はできないという。

(2人の子供達はもう、成人しているじゃない⋯⋯)


真夜中も起こされて、下の世話をする。
毎日のように両親は私に罵詈雑言を浴びせ続けた。
「恵麻ちゃんはちゃんと孫の顔を見せてくれるのに、子供さえ作れないお前は失敗作ね。私は3人も産んだのよ」

(母が3人子供を産んでも、両親の面倒を見るのは私だけだ)

「誠一くんと20年以上付き合っていて振られるなんて、身内の恥晒しだな。お前は色気がないんだよ。やっぱ、いらなかったな3人目」

(娘に色気を求める父親が気持ち悪い⋯⋯)
3人兄弟が賑やかで良いだろと言い聞かせられるよう育てられてきた。
私は予想外に出来た子で親はお金をかけたくなかったようだ。
いつも兄や姉の10年もののお古を使わされてきた。

両親はきっと認知症が始まっていて暴言は仕方がないと私は思うようにした。


なんだか最近、メンタルがコントロールできない。
毎秒のように自分がいなくなることばかり考えている。
その日は帰宅するなり玄関で寝てしまって、目を開けたら不思議な世界に迷い込んでいた。