マリーナがはじめて自分のことを話してくれたのは、リラ王国ではなく未来で「岩田まりな」として持っていた将来の夢の話だった。
いつもの、やや険しい表情とは違って話しているマリーナの表情が柔らかい。
マリーナが両親を失ったショックで夢の話をしているかもしれない可能性も考えたが、彼女の今までの振る舞いを見ると自分より年長者と言われた方が腑に落ちた。

彼女が未来から来たというならば、それを信じる。
彼女は嘘をついたりして、気を引いたりするような子ではない。

でも、未来で俺が皇帝になるかどうかは聞かなかった。

(おそらく彼女が知っている未来で俺の隣にはマリーナはいない⋯⋯)

俺の隣にマリーナがいる未来に、俺が変えてみせる。
まだ、彼女と会って1週間なのに彼女は俺にとって代わりのきかない女になっている。

「マリーナ、お前の教師になる夢、ハゼ帝国で叶えないか? お前に言われて思い出したんだが、俺は平民にも教育を受けさせるような帝国にしたいって考えていた。平民街に学校を作るから、そこで教師にならないか? 」
彼女が俺に初めて話してくれた夢の話だ。
絶対に叶えてやりたい。

そして、俺は彼女との会話で自分が皇帝になったら何をやりたかったのかを思い出した。
俺の母は平民出身であるが故に、教育を受けておらず将来の選択肢が限られていた。

母について調べると、村では非常に賢く聡明で有名だったらしい。
もし、教育を受ける機会さえあれば専門的な知識を身につけ医者になったりもできたのではないかと考えた。

現在、ハゼ帝国では教育は貴族だけが受ける権利がある。
医師などの専門職は当然貴族がなっているので、平民が体調を崩しても医者にかかることは難しい。
そのため、薬草を煎じて呑んだり民間療法に頼っているのが現状だ。

いつの間にか初心を忘れて、皇帝になることが目的になっていたことにマリーナと話して気づくことができた。
やはり、マリーナは俺にとって必要な女だ。

「奴隷の私に教えられることなどございません」
マリーナから、先ほどの柔らかい表情は消えていた。

「マリーナ、お前は賢い。ここは、皇宮だから沢山の書物がある。お前なら学んで、それを平民に伝える役割ができるんじゃないのか?」
「私は、特に取り柄もない人間ですが、それがユーリ皇子殿下のご命令とあらば最善を尽くします」

彼女の表情は未だ強張っている。
奴隷であっても、マリーナは特別な女だ。

先の遠征に随行していた騎士達も、奴隷に堕ちた彼女を最初は見下していた。
しかし、彼女の豊富な知識と実直な性格に魅せられて彼女への見方を変えていった。
短期間で人を変える力を持つのが彼女だ。

「マリーナ、早速、学校を作るから勉学に励むんだぞ! 」
「了解致しました」

俺はわざと彼女の頭を撫でながら言った。
俺にとって彼女は40歳の父より年上の女ではない。
俺が側において可愛がってやりたい女だという思いを込めた。