「ユーリ皇子殿下、怒らないでください。もしかして、今食べ物を現地調達していますか?このスープを飲んでも、嘔吐や下痢をするするくらいですよ」

玉ねぎと似ていると思い、西洋水仙の球根を使ってしまったのだろう。
西洋水仙は球根もその葉も毒性があり、食せば主に嘔吐や下痢の食中毒症状を起こす。
日本では西洋水仙の葉がニラと間違われ、食中毒事件が起こることが多い。

今回スープに使われたのは、球根のようだ。
おそらく、毒と分かり混入したのではない。
食材を調達する者の、植物への知識が不足していると考える方が妥当だ。

「そうだ、あと1週間は山や川から食料を現地調達しなければならない。先ほどのスープを飲んでも死ぬわけじゃないのか?」

ユーリ皇子殿下は私を信用してくれているようだ。
私をいつも信用してくれた侑李先輩が彼に重なる。

「死にませんが、かなり酷い食中毒状態になります。そのため、皆様にスープを吐き出すようご指示ください」
「メバル伯爵、マリーナの言う通りにしろ」
ピンク色の髪に青色の瞳をしたメバル伯爵は私を見下すような目で見て不本意そうに去っていた。
ユーリ皇子殿下の声に昨晩はなかった張りがある。
やはり、呪いの苦しみは夜だけのようだ。


「もう、飲んでしまった騎士もいるかもしれませんね。まれに、昏睡状態や低体温症状が出てしまうかもしれないので、飲んでしまった騎士達のケアは必要になりそうです」

症状は間も無く出てくるだろう。
胃洗浄などできぬ現状だから、できる限りみんな上手にスープを吐き出して欲しい。

「故意に毒を入れたとはマリーナは考えていなさそうだな」
「当然です。故意に入れるなら、死に直結する毒になるものを入れます」

「確かにそうだな。マリーナはなぜ、あのスープが毒だと気がついたんだ? 」

ユーリ皇子は不思議な人だ。
昨日出会ったばかりの私が「毒だと」言ったことをすぐに信用している。
私がなぜ彼の信頼を勝ち取れたかは分からないが、食事係は私がした方が安全そうだ。


「図鑑を読むのが好きだからです。植物やキノコ類は毒性があるものも沢山あります。私を信頼してくれるのであれば、私に食料調達と食事を用意することを任せては頂けませんか?」

特にキノコ類は毒性のあるものと、ないものの見た目が似ている場合がある。
図鑑だけではなく、現物のキノコを研究してきた私なら見分けられる。

「マリーナ、良いのか?信じられないかもしれないが、俺はお前の用意するものなら安心できる」
「信用して頂きありがとうございます」

「お前は変な女だな。俺は変な女が好きだったみたいだ」



メバル伯爵がテントの隙間から顔を出し、言いずらそうに報告してきた。
「失礼します。ユーリ皇子殿下、先程から嘔吐と下痢が止まらない騎士達が5人程いるようです」

「本当に、マリーナの言う通りだったな」
「ユーリ皇子殿下、症状が出てくる騎士がもっと増えてくる可能性があります。体調不良の方達のケアをしてきてもよろしいでしょうか?」
「行くな、マリーナ。お前まで病気がうつったらどうするんだ?」

「細心の注意を払うので大丈夫です。全てのものを吐いて、下痢で出して、上からも下からも菌を出してしまうことが現状考えられる最善策です」
私がユーリ皇子殿下に騎士達への対応策を説明していると、メバル伯爵が横槍を入れてきた。
「おい、奴隷、ご託は良いから早く対応しろ」

「メバル伯爵!言葉に気をつけろ。マリーナは俺の女だ。お前が偉そうに指図して良い相手じゃない」
ユーリ皇子殿下が本気で怒っているのが分かる。

「皇子殿下、私は確かにあなたに隷属する女です。私の身分は奴隷なので、メバル伯爵様の私への態度はおかしいものではありませんよ」

私は偉そうに指図されるのも、奴隷扱いも慣れている。
だから、いちいちそんなことでユーリ皇子殿下が他の者と波風立てる必要はない。

「俺がお前を自分の女と言ったのは、お前が奴隷だからじゃない。俺がさっきから口説いているのに知らないふりをしているのか?お前はとても賢い女だから俺の言葉の意味を本当は理解しているだろう」

「今は、無駄話をしている状況ではありません。私は体調不良の騎士達の様子を見てきます」

私はユーリ皇子殿下が口説きモードになったのを無視して、テントを出た。

誘惑するような目で見つめてくるユーリ皇子に、私は今、自分の書いた小説の中にいるわけではない気がしてきた。
確かにこの世界の設定や登場人物は私が書いたものと酷似している。

ユーリ・ハゼは、みんなが見ていた侑李先輩をモデルにして書いた。
しかし、今、目の前にいるユーリ・ハゼは私だけが知っている侑李先輩に近い。

私だけが知っているお喋りで、私に好意を毎日のように告げてきた侑李先輩だ。

ここは、小説の中じゃなくて、長い夢の中なのかもしれない。

高校生の時、恵麻の嘘が原因で私は侑李先輩を避けてしまった。

侑李先輩のような人気者が私を好きなはずがない。
そういった、私の自信のなさも私と彼が離れてしまった原因の1つだ。
もし、彼を避けることこなく、告白を受け入れていたらどうなっていたかと何度も考えた。

結局、私は好きな人の告白に恐れをなして逃げ出して、好きでもない誠一を受け入れた。
誠一は地味な男だったので、地味な私には安心できる存在だった。
23年前に戻れたら、侑李先輩の告白を受け入れたいという妄想がこの長い夢を作っている可能性がある。