「こっち来て」

 ぎょうぎ悪く机に座った菖蒲くんの髪が、やわらかな風になびいている。

 つんとした口調に内心ビクついたものの、わたしはおそるおそる足をふみだした。

 菖蒲くんの近くまで寄ったら、どうなるんだろう。

 もしかしたら、長年のうっぷんを晴らすためにめちゃくちゃに殴られたりして。

 言葉だけならやり過ごせても、さすがに暴力まではまともに受け止められる気がしない。

 それでも頑張って耐えないといけないんだろうか。

 いや、絶対むりだ。
 
 ギシギシ、と床が悲鳴をあげる。

 やっぱりこの高校はボロすぎだ。

 わたしがもう少し頭がよかったら、ここに来なくてすんだのに。

 くやむ気持ちをおさえて顔を上げる。

 目の前には――――菖蒲くん。

 どうしてなのかわからないけど。

 今まで色々と考えていたのに、それが全部どこかに飛んでいったみたいにくぎづけになった。

 切れ長のすずしい目もと。

 きれいな鼻すじに、少しだけ口角のあがった桜色の唇。

 開いた白いシャツのえりからのぞく、流線型をえがいた鎖骨。

 そこから、色香がふわりとただよっている。

 はじめて見た、男のひと。

 わたしの知らない、おとなの誰か。

 あどけなかったかわいいあの子は、もういない。

「なに?」

 かすれた、気だるい声。

 アンバーの瞳にいぬかれて、わたしのこどうがドキリと高鳴った。