「いるなら入ってこれば?」

 菖蒲くんが、ドアの向こうからわたしに話しかけてくる。

 思わず「入れるわけないじゃん」とつぶやいだけど、菖蒲くんには届いていないだろう。

 続けて、

「帰って」

 と、そっけない声が聞こえてきたけど、これはわたしに向けられた言葉じゃないことはすぐに分かった。

 ガラリと勢いよくドアが開く。

 教室の中から出てきたのは、大きな瞳と透きとおるような肌が印象的なかわいい女の子だった。

 だけどわたしを見るなり、するどい目つきを向けてくる。

「わたしはあなたとは違うよ、菖蒲くんにはきらわれているんだよ」と言いたかったけど。

 そんなことは言えるはずもなく。
 
 彼女が無言でわたしの真横を通りすぎたあと、大人の香りがふわりとただよった。

 デパートにあるおしゃれなお店の前で嗅いだことのある匂いだ。

 同性のわたしから見ても、彼女は魅力的であこがれる。
 
 こんなにかわいい子を帰らせて、わたしを教室に呼ぶなんてどういうつもりだろう。
 
 わたし、このあとどうなるんだろう。

 何をされるんだろう。

 不安で胸がよどみはじめた時だった。

「待った? せんぱい」

 いつの間にか、菖蒲くんは教室の入り口まで来ていた。

 開いたドアに気だるげにもたれかかって、わたしを冷たく見下ろしている。

「ごめんなさい。さっきの、わざとじゃなかったんだよ」

「うん」

 静かな声にどうしたらいいのか分からなくなってうつむく。

 わたしの足元から伸びた影が、オレンジの光の中でたよりなく突っ立っていた。