菖蒲くんの近寄りがたい雰囲気がやわらいで、おだやかな表情が目立つようになると、周りに人が集まるようになった。
特に女の子。
少し異常なくらい騒がれはじめて。
毎日、誰かが代わる代わる菖蒲くんに告白するようになった――――けど。
菖蒲くんは、どれだけかわいい女の子に思いを寄せられても、首を縦にふろうとしなかった。
今から二年前――――菖蒲くんが中学二年生だった、あの夏までは。
「菖蒲くん、一緒に帰ろ」
耳の奥を刺激するような甘ったるい声に、ハッとわれに返った。
夕陽がたゆたう放課後の廊下で、小さく息をする。
まだドアを開ける前じゃなくてよかった。
〈1ーA〉と書かれたクラスプレートを見上げてから、もう一度閉じたドアに視線を戻す。
約束通り、教室まで来てみたものの。
菖蒲くんと知らない女の子の会話が聞こえてきて、わたしはその場から動けなくなっていた。
「今日はむり」
「なんで? いいじゃん。他の子とばっか遊ばないで。わたしとも遊んでよ」
「それはおれが決めることだから」
「分かってるけど、待ってても順番まわってこないもん」
「さそうわ。そのうち」
「それ絶対さそってくれないやつ! ねぇ、明日まで親いないんだ。だから、この前みたいに……」
ガチャン、とけたたましい金属音が廊下にひびきわたる。
どうやら、わたしのスカートのポケットからスマホが落ちたらしい。
気づいた瞬間、すばやく拾ったけどもう手おくれだった。