「もっと来れば?」

 言われるがまま、ふるえそうになる足に力を入れてゆっくりと進む。

 菖蒲くんの開いた両足のくつ先を通りすぎたところで立ち止まった。

「こ、このへん?」

「ちがう。もっと」

 近いよ、近すぎる。

 とまどいながら、ゆっくりと菖蒲くんとの距離を縮めていく。

 こどうが暴れて、うるさいくらいだ。

 スカートのすそが、菖蒲くんのひざをひらひらとなでたところで足が動かなくなった。

 両手で顔をおおう。

「照れてんの?」

「だって……近すぎるから」

「ふぅん」

 わたしは顔が熱くて、心臓が痛いくらいきんちょうしているのに。

 耳に届いた菖蒲くんの声は冷静だった。

「……もういい?」

 だめもとでお願いしてみる。

 なにが面白いのか、菖蒲くんはくすくすと小さく笑いだした。

「そんなに帰りたいの?」

「うん。帰りたい」

「じゃあ、キスしてみて」

「は……え!?」

 顔をおおっていた両手をはなして、机に座った菖蒲くんを見下ろす。

 だけど、とんでもなくきれいに整ったその顔が間近にあって、すぐに目をそらした。

 菖蒲くんは、わたしのことが大きらいなはずだ。

 それなのにキスなんて、どういうつもりだろう。