アイリは夢を見ていた。
夢の中で『もう一人の自分』と向かい合っていた。
目の前に立つのは、アイリ自身の姿……だけど、何かが違う。
瞳の色がディアのような金色で、偉そうな態度で腕を組んでいる。
あぁ、彼女がもう一人の私、『イリア』なんだと直感で認識できた。

「ちょっと、何してんのよ、アイリ。早く目ぇ覚ましなさいよ」

威圧的に迫ってくるイリアに、アイリは力なく返す。

「起きたくない。目が覚めなくていい……起きても、もうディアはいないんだもん……」

「バカ!!」

子供のようにぐずり出したアイリに、イリアは一喝する。

「アンタ、あの時のディアの言葉、聞いてた!?ディアの何を見てたの!?」
「……え?ディアは、エメラさんを婚約者って……」

その言葉を思い出して、アイリは目に涙をいっぱい浮かべた。
それなのに、なぜイリアは気丈でいられるのか不思議に思った。
今のイリアには、怒りも悲しみもない。ただ強く前を向いている。

「それよ。ディアのその言葉には、愛も感情も全く感じなかった」
「え……どういう意味なの?」
「ディアは、あの女を愛してない。繁殖のための動物としか見てないって証拠よ。いい気味だわ」
「えぇ……なにそれ」

さすがのアイリも、その表現は気の毒に思って引いてしまった。
今のディアは、人として生きた期間の記憶を封印されている。
本能のままに生きる魔獣のディアが、エメラをそのように見て扱うのは当然だろう。
そしてエメラもまた、本能のままに生きる野生の魔獣。
例え、そこにエメラの愛があったとしても……自然の摂理でしかないのだ。

「ディアの愛はアタシたちだけのものよ。その証拠はアンタの身体に宿ってるでしょ」
「えっ……!?あっ!!」

それを思い出したアイリは、反射的に腹部に両手を添えた。
確かに、この身体にディアとの愛の結晶が宿っているのだ。
……なぜか、実体はないけれど。
それでも、自身の中に宿った『もう1つの生命』が、とても大きな力と勇気を与えてくれる。

「これって本当に懐妊なのかな?それにイリア、あなたは何者なの?これから私、どうしたら……」

アイリが次々と質問を重ねていく。
イリアは唇の前で人差し指を立てて『ナイショ』のポーズをした。

「まだ、ナイショ。とりあえず起きなさい」

その言葉と同時にイリアの姿が消えていく。
目の前が真っ白な空間で埋め尽くされたと思った、次の瞬間。


アイリは目覚めた。