アイリはまず、隣にいるレイトの存在に気付く。

「レイトくん?ここ、どこなの……?」

レイトが返事に迷っていると、次にアイリは斜め前に立つエメラの姿に気付いた。

「エメラさん?なんで、ここに……」

次にアイリは、ようやく正面、階段上の玉座に気が付く。
その椅子の前に立っているのは、黒衣を纏った……

「ディア……!!」

アイリは、おぼつかない足取りでフラフラと歩を進めて階段に足を乗せる。
しかし、その歩みを止めたのは無情にも階段上のディア。

「私はディアではない。魔獣王アディだ」

アイリは足を止め、目を見開いてディアを見上げる。
目の前の人は、確かにディアなのに……確かに、ディアの声なのに。
その冷たく見下す視線も、名前も、アイリが知るものではない。

「ディア……何言ってるの?ディア……でしょ?」
「ならば逆に問う。貴様は誰だ」
「……!?」

まるで別人のようなディアは、アイリの事など何もかも忘れてしまったかのようだ。
今、ここがどこで、どういう状況で、ディアは一体、どうして……?
イリアであった時の記憶がないアイリには、何が起きているのか、全てが分からない。

「ディア、忘れちゃったの?私は、アイリ……だよ……ディアの、婚約者、だよ……?」

震える体と唇で、途切れ途切れに何とか必死に言葉を繋げていく。
レイトは何もできない歯痒さと、そんなアイリの姿を目に映す辛さで、目を瞑りたい衝動にかられた。
それでも……アディとなったディアは、アイリの言葉を無残に打ち砕く。

「記憶にない。私の婚約者はエメラだ」

「……え?」

アイリは、ゆっくりと横のエメラに視線を移す。
すると視界に映ったのは、エメラの顔ではなく……胸元。
エメラの胸元には、小さな青い宝石のペンダント。
まるで、アイリの赤い宝石のペンダントと対をなすような……。
だとすれば、あれはディアからの『婚約の証』。

「い……や……」

アイリは無意識に、自身の胸元のペンダントの赤い宝石を片手で握りしめた。
これは確かに、ディアが愛を込めて贈ってくれた婚約の証……だったはず。

それなのに、もう、その意味はない……?
ディアは私ではなく、エメラさんを選んだ……?

見開いた栗色の瞳から涙が溢れ、次々と零れ落ちていく。
アイリの感情も涙も、もう誰にも止められない。