その頃のディアは、城下町の外れの森に到着していた。

魔獣界の入り口が森のどこにあるかなんて、正確には分からない。
だが、ここに来れば向こうから招待しに来るだろうという確信があった。
人の姿のまま、ディアは森の中を歩き続ける。
すると案の定、視線の先、木々の暗がりの中から『彼女』の姿が現れた。

「お待ちしておりました、ディア様」

エメラはディアの魔力と気配を察知して、いち早く彼を迎えに来た。
ディアにとっても、それは望むところだ。

「最初から魔界を攻撃するつもりなど無かったのでしょう?」
「そうですわね。あれは脅しですわ」

悪びれもなくエメラは微笑む。

「ご案内致しますわ。どうぞ、こちらへ」

エメラの魔法によって結界の一部が解かれ、魔獣界への入り口が開かれる。
二人はそのまま、魔獣界へと足を踏み入れる。
そこに広がる光景、夜の魔獣界の城下町は人通りもなく静まり返っている。
その道を真直ぐ通り抜けて、その先にある城へとディアを導く。
ディアは終始無言で、先導するエメラの後ろに続いて歩く。

城に入ると、案内された大広間は『玉座の間』だ。
王が座るべき玉座と、その隣の王妃の椅子、2つが並んでいる。
その壇上で二人はようやく向かい合う。

「こちらが魔獣王ディア様の玉座と、わたくしの椅子になりますわ」

嬉しそうな笑顔で城内を説明するエメラ。
隣の王妃の席に座るのは自分だと、当然の事のように主張する。
何を聞いても全く表情を変えないディアに、エメラは不思議そうにする。

「ディア様の意志で魔獣界にいらしたのでしょう?何かご不満でしょうか」

するとディアは、ようやく口を開く。

「はい。確かに私の意志です。ですが私の望みではありません」
「どういう意味ですの?」

エメラからも笑顔が消える。
そしてディアは強い意志を込めた瞳でエメラに断言する。

「私は魔獣としてなら貴方を愛せます。ですが、人としては愛せません」

もしディアが今も本能だけで生きる野生の魔獣なら、自然とエメラに惹かれたのだろう。
それは同種族の魔獣どうしの種を残すための本能であり、自然の摂理。
だが今のディアには自我があり、人の心を持っている。