しかしアイリの感情としては、それは到底納得できるものではない。

「そんな、勝手に……だってディアは、私と婚約……」
「そうですわね。ですから、婚約破棄して下さい」
「!?」

あまりにも無情で冷淡なエメラの返しに、アイリは恐怖すら感じ始めた。
エメラがアイリに向ける金色の瞳は憎悪、敵意を滲ませた色に変わっていた。
そう。最初からエメラは……アイリを、悪魔を、王族を、憎んでいたのだ。

「わたくしは魔王が憎い。ディア様を連れ去って下僕に仕立て上げた魔王が、王族が……憎いのです」

アイリは身の危険を感じて、一歩後ずさった。
エメラの言葉はつまり、アイリへの憎しみでもある。
エメラがこの場所にアイリを連れてきた、その意味が……密猟者以上に恐ろしい予感がする。

「エメラさん、違う……ディアは、自分の意志でパパの側近に……」
「聞くところによれば今、魔王は不在のようですわね?」

エメラはすでに、アイリの言葉に聞く耳を持たない。

「今なら、簡単に魔界は落とせそうですわね」

笑みを浮かべながら恐ろしい野望を口にするエメラに、アイリは言葉を失う。
争い事に発展すれば、ここは敵地で逃げ場はない。
アイリは今この場で始末されるか、人質にされるか、どちらかだろう。
どの道、ディアの婚約者であるアイリは邪魔な存在なのだ。
……かと思うと、エメラは柔らかい笑顔を向けた。

「ご安心を。王女様をどうこう致しませんわ。ただ、ディア様にお伝え頂きたいのです」
「え……?何を……?」
「魔獣界にお越し頂けないのでしたら、魔界の王宮に総攻撃をしてでもお迎えに上がります、と」
「そんな、それって!?」

それはまるで、宣戦布告。魔獣界と魔界の戦争を意味する。
ディアを魔獣界に引き渡すか、戦争で争うのか。その二択を提示されたのだ。
アイリは王女として、魔界の平和を守るという使命がある。

「エメラさん、待って!他にも何か方法はあるはずだから、話し合って……」
「……わたくしが言うべき事は、それだけですわ」

エメラが吐き捨てるように言うと突然、アイリの周囲の空間が歪み、渦の中に飲み込まれていく。

「エメラさんっ……!!」
「ごきげんよう」

エメラの笑顔に見送られて、アイリは渦の中へと消えていった。