アイリは、四方を頑丈な壁で囲まれた荷台の床に座り込んでいる。
しばらく呆然としていたが、冷静に考えてみる。

(どうしよう。魔法を使えば、逃げられそうだけど……)

魔王譲りの強大な魔力を持つアイリだが、まだ完全にはコントロールができない。
少しでも加減を間違えれば、この車ごと爆破してしまう。
アイリの両腕の拘束具は魔力を封じる効果もあるが、強すぎるアイリの魔力に対しては無意味だ。
そう思っていると急ブレーキがかかって、車が止まった。
運転席のドアが開く音、男たちの大声など色々聞こえるが、状況が分からない。

(あれ?静かになった……外に出れるかも)

アイリは集中して念じ、慎重に魔法を使って両腕の拘束具だけを破壊した。
そして、口に巻かれた布も解いて捨てた。
次に荷台の扉を魔法で開けようとするが、少し加減を間違えた。

ドゴォッ!!

強力な魔法によって扉は吹き飛ばされ、荷台の後ろ半分を破壊した形になった。

「あっ、やりすぎちゃった……」

そう呟きながら、アイリは荷台から飛び降りて外に出る。
どうやらここは、城下町から離れた田舎道の真ん中だ。
車の前方に回ってみると、運転席のドアは開きっぱなしで中には誰も乗っていない。
運転していた男たちは、どうやら慌てて逃げ出したようだ。
なぜ……?と思っていると、アイリは車の正面に気配を感じた。
視線の先の地面に見えたのは、鋭い爪を持つ獣の足。

「え……?」

アイリが見上げると、そこに佇んでいたのは、背にコウモリの羽根を持つ巨大な黒い犬の魔獣。
その姿は間違いなく『バードッグ』だ。

(ディア?……違う)

一瞬、魔獣の姿のディアと見間違えたが、ディアよりも少し体が小さい。
すると魔獣の姿が光り輝き収縮すると、一瞬にして人の姿に変身した。
それは見覚えのある女性だった。

「エメラさん!?」

アイリは驚きに声を上げるが、エメラもアイリの姿を見て驚いている様子だ。

「あら?魔獣の気配がしたのですが、王女様でしたの?」

エメラは、密猟者に捕まった魔獣を助けたつもりだが、まさかアイリだとは思わなかった。