早朝、アイリは微かに聞こえる水音で目を覚ました。
いつもの如く、ベッドの隣にディアはいない。
そして、遠くから聞こえてくる水音。寝起きの頭でも、それの予測はできる。

(ディア……シャワー浴びてるんだ)

城内には大浴場もあるが、ディアは自室の小さなバスルームで入浴することが多い。
アイリは何を思ったのか突然起き上がって、パジャマを脱ぎ始めた。
そして……

ガラガラガラッ!!

アイリは勢いよくバスルームの引き戸を開けた。
シャワー中のディアは突然の事に驚き、思考も動きも停止する。
首だけを、出入り口のアイリの方に向けた状態だ。
ディアの頭を打ち付けるシャワーの音だけが浴室に響いている。
こんな時でもアイリの目に映るディアの姿は、水もしたたるイケメンだ。

「あ、アイリ様っ!?」

ようやく動き出したディアは咄嗟にタオルを手に取ると、とりあえず前を隠す。
いきなり浴室に入ってくるなんて大胆な行動を取るのは、イリアなのでは!?
……と、アイリの瞳を確認するが、いつもの栗色だ。
いつものアイリである証拠に、彼女は顔を真っ赤にしている。
……自分から入って来たのに。
アイリは裸の体にタオルを巻いているが、それでもスタイルの良さは際立っている。

「私も一緒に入る……いいでしょ?」

上目遣いで言うと、ディアの返事を待たずに浴室に入り、引き戸を閉める。
しかしディアは立場上、歓迎も拒否も直視もできずに、ただ慌てる。

「そ、その、良い悪いの問題では……」
「だって、パパとお母さんだって、一緒にお風呂入ってるもん」

魔王と王妃は結婚して数百年だが、未だに新婚のような甘々夫婦なのだ。
それの影響で、婚約者なら一緒にお風呂に入るのも当然という考えに至ったのだ。
ディアが公言した『婚約者』という言葉が嬉しすぎて、アイリの何かが目覚めてしまった。

「どう?ディア、気持ちいい?」
「はい、気持ちいい、です……」

「もっと強く擦った方がいい?」
「いえ、ちょうど良い、です……」

背中を流してもらってるだけなのに、変なことを言わされている気分になるディアだった。
アイリは気弱に見えて本質はイリアと同じ、ドSなのかもしれない。
側近が王女に背中を流してもらっている風景は、なんとも下克上だ。


数十分後。
風呂上がりのアイリは、顔を火照らしてニコニコしている。

「ふぅ、サッパリしたね」

「そう、です、ね……」

ディアは何故かグッタリしている。
魔獣の理性を保つには、精神と体力を消耗する。

朝も夜も、心も体も休まらないディアであった。