するとイリアは、今度はどこか遠くを見つめて顔を歪めた。

「あの女、アタシのディアに手を出して、絶対に許さない」

イリアの憎悪はディアではなく、エメラに向けられている。
監視カメラの映像では、ディアに体を支えられるエメラの姿が、まるで抱き合っているように見えたからだ。

「ディア。もっと、もっと、アタシが調教してあげる」

今のイリアの金色の瞳は、エメラに対する嫉妬の炎で燃えている。
だが、すぐにその熱は愛へと変換されてディアに向けられる。

「アタシしか抱けない体にしてあげる」

妖艶に微笑むと、イリアは正面を向いたまま後ろに下がって背を壁に付ける。
すると今度は、無邪気に笑ってディアを自分の元へと誘う。

「アタシ、ディアに『壁ドン』されたいなぁ」
「……は?」
「さぁ来て、ディア」
「……承知、致しました……」

ディアは契約により、イリアの『お願い』を拒めない。

「そうよ、ディア。もっと、もっと、アタシを愛して……」

ひたすらにディアを求めるイリアは、愛に飢えているようにも見える。
どこか必死さも感じられるほどに。
だがディアにとってそれは、さらなる罪悪感しか生まない。
何故なら、『イリア』が未知の存在だからだ。
イリアは、アイリなのだろうか?
それなら、本能のままに愛しても罪ではないのだろうか。
ディアの中の魔獣の本能が、人としての理性を越えた瞬間に衝動は生まれる。

「……っ……イリア様……」

ディアはイリアの顔の横の壁に両手を突いて、体を密着させる。
その時のディアの表情を見て、イリアが嬉しそうに目を細める。
そう、憧れの『壁ドン』が叶ったのだから。
そしてディアの首の後ろに腕を回すと、彼の頭を引き寄せて唇を重ねた。

「ディア……好き」

……『アイリ』の人格は今、『イリア』の中で眠っている。
ディアがイリアといる時は、アイリが表に出る事はない。
今、ディアが夜を共に過ごしている相手は、イリア。
今、イリアは完全にアイリを支配して……ディアをも支配している。

「ふふ、そう……もっとキスして」

イリアの言葉のままに、ディアは何度も口付けを繰り返す。

「……そうよ、ディア、好きぃ……」
「……っ!」

ディアは思わず体を震わせる。
だが、それは決して恐怖や嫌悪によるものではない。

「私は……貴方様を……」

それは、イリアの中のアイリに向けた愛なのか。
ディアの言葉を聞いたイリアが、満足そうに笑みを浮かべる。