森に辿り着くと、ディアは人の姿に変身する。
暗闇の森の中でも夜目が利くので、恐れる事なく奥深くへと進む。

(この気配は……)

ディアは、ある気配を感じ取っていた。
あの女性が言っていた『今夜、森でお待ちしています』という言葉。
『森』だけでは大雑把すぎて場所を特定できないが、ディアは直感で確信した。
この前、ディアが密猟者に襲われた、あの場所だ。
まだ、あの時の戦いの跡が生々しく残る場所に立った、その時。

ガサガサッ

草木が擦れる音と共に、茂みの中から1匹の魔獣がディアの前に現れた。
それは、背にコウモリの羽根を生やした……黒い犬の魔獣。
そう、この姿は……ディアと同じ魔獣、『バードッグ』だ。
ディアよりも少し小柄で、金色の瞳に理性を宿しているところから、敵意は感じられない。

「あなた……は?」

人の姿であるディアは、思わず魔獣に言葉で話しかけた。
自分と同じ種族の魔獣を見たのは初めてだからだ。
だが魔獣は言葉は理解できても、人の言葉は話せない。
すると魔獣の姿が発光して、収縮しながら人の姿を形成していく。
一瞬にしてディアの目の前には、昼間に見かけた、あの女性が立っていたのだ。
黒いドレスを纏い、白い肌に深緑の長い髪。
そしてディアと同じ、金の瞳。
見た目の年齢もディアと同じく、20歳手前くらい。
ディアは警戒することなく落ち着いた様子で、その女性に問いかける。

「あなたも、人の姿になれるのですね」

すると女性は、ディアに一礼した。

「わたくしの名は『エメラ』ですわ。自分で付けた名前ですが、そうお呼び下さいませ」

その上品な振る舞いと口調は、貴婦人を思わせる。
野生の魔獣であるなら、彼女に名前がないのは当然だ。
ディアは、魔王によって名付けられた、自身の名前を名乗る。

「私の名前はディアと申します。私に何の用でしょうか」

ディアの口調も紳士だが、これは身分や役職、ディア本来の性格からくるものではない。
魔王から『敬語を使え』と命令されているから、従っているに過ぎない。
同種族の魔獣の女性が、この場所に呼び出してきた理由は何なのだろうか。