朝、アイリはいつものようにディアのベッドで一人、目を覚ます。
なんだか夢を見ていたような気がするが、よく覚えていない。
昨日の夜はディアと寝る前にキスをして、それから……
寝起きなのに、今日も少し体に疲労を感じる。
その嬉しい心地よさに、アイリは思わず笑みをこぼす。

(ふふ……ディア……)

アイリは被っていた布団を丸めて、抱き枕のようにして抱きしめた。
ディアの温もりと香りが、まだ残っているような気がする。




朝食後、アイリとディアは、魔獣の保護施設へと視察に向かう。
本日の公務である。

施設は街外れの広大な敷地内にあって、周囲は高く頑丈な壁で囲まれている。
ここでは自然治癒が困難な病気や、怪我を負った野生の魔獣を一時的に保護している。
そして治療して完治した後に、野生に返すという活動をしている。
保護されるのは、巨大で凶暴な魔獣だけではない。可愛らしい猫やウサギのような小動物もいる。
アイリは、檻の中の魔獣の様子を1つ1つ確認しながら、施設の管理者の男に質問をする。

「最近は、怪我で保護される魔獣が多いの?」
「はい。銃弾や刃物による傷なので、密猟者と戦ったと思われます」
「ひどい……被害者は魔獣の方だったんだね」

アイリは怒りと哀しみの表情で瞳を潤ませながら、檻の中の魔獣たちを見つめる。
だが、ディアが見つめているのは檻の中の魔獣ではなく、アイリの横顔。
ディアには心配があった。アイリの別人格『イリア』の事だ。

(アイリ様には、イリア様であった時の記憶は、なさそうですね)

ディアは、イリアの命令に従い、イリアの存在を誰にも言えない。
イリアと同体のアイリにも言えないのだ。
いつまた、何のきっかけでイリアの人格に変わるのかは、分からない。
だが、ディアの予測が正しければ、今はイリアに変わる可能性は低い。
その時、アイリが管理者に思わぬ質問をした。

「『バードッグ』っていう魔獣は保護された事がある?」
「『バードッグ』ですか?えぇと……」

管理者の男は、懐から小さな手帳型の機械を取り出して調べた。

「見た事がないですし、記録にもありません。絶滅危惧とも言われる希少種ですから」

ディアは、その言葉に反応する。そこまで自分が希少な魔獣だという事に驚いた。
管理者は続けて、こう付け加えた。

「人の姿で街に紛れている可能性はありますが、把握は出来ていません」

全ての魔獣がディアのように、人の姿に変身できるわけではない。
魔法で人の姿を留めていられるのは、強大な魔力を持つ魔獣のみ。