深夜、ディアは何かの違和感で目を覚ました。
すると、隣で一緒に寝ていたはずのアイリの姿がない事に気付いた。
胸騒ぎを感じたディアは起き上がり、ベッドから降りて部屋を出る。

(アイリ様、こんな時間に、どちらへ……)

魔獣は、夜目が利く。
僅かな照明で照らされた暗い廊下であっても、視界に不安はない。
神経を研ぎ澄まし集中すると、微かにアイリの魔力を感じ取る事ができた。
『気配』や『匂い』と同じで、『魔力』を辿れば、アイリの所へと辿り着くのだ。

いくつか階段を上り、ディアが辿り着いたのは、城の屋上のテラスだった。

少し欠けた月の光が、充分すぎるほどに視界を明るく照らす。
ディアが目を細めて、高いフェンスの上を見上げる。
そこには、大きな月をバックに、フェンスの上に堂々と立つ少女の姿。
身動きせずに、ただディアを見下ろしている。
逆光で見え辛くはあるが、背格好からしてアイリだろうと思われる。

「アイリ様……ですか?」

ディアはその少女に呼びかけるが、疑問形になってしまった。
その少女が、アイリであるという確信が持てなかった。
少女はディアの呼びかけを聞いた途端に、満面の笑顔になった。
それは、微笑むという可愛らしいものではない。
相手を見下す、『悪魔の微笑み』だ。

「ふふ……ディア、待ってた!!」

少女はコウモリのような羽根をいっぱいに広げて、フェンスから飛び降りた。
ディアの胸という着地点をめがけて。
ディアは驚き、反射的に両手を広げて彼女の身体を受け止めようとする。
羽根の浮力により、ふわっと軽く、少女はディアの腕の中に収まった。
そして少女は、ディアの首の後ろに両腕を回して、思いっきり抱きついた。

「アイリ様……!このような場所で、何を……!?」

ディアは、アイリの姿をした少女と間近で目を合わせる。
月明かりを反射してなのか、彼女の目の色は月と同じ色に輝いていた。
栗色のアイリの瞳の色とは違う。

「アイリ様ではない……!?」

危険を察知して、ディアは少女から離れようとしたが……

「ディア、命令よ。動かないで」
「…………!?」

少女の口から『命令』が放たれた瞬間、意思に反して、ディアは身動きが取れなくなった。
王族との『契約』により、感情や意思よりも優先して、その『命令』はディアの魂に働きかける。

「ふふ……ディア、いい子ね。返事は?」
「……はい……、承知、致しました……」

強制的かつ抗えない、絶対服従……これが有効となる相手……
ディアが魔界の王族とだけに交わした、絶対服従の『契約』。
この少女は、アイリで間違いないだろう。
……『姿』だけ、は。