数時間後、アイリは自室のベッドで目を覚ました。
ふと顔を横に向けると、悪魔の女性の医師が付き添ってくれている。

「アイリ様。ご気分はいかがですか?」
「う……ん……大丈夫……」

目眩や不快感は治っていて、呼吸も穏やかだ。
しばらく間を置いた後、医師が静かに話を始める。

「アイリ様のお体を診させて頂きました」
「うん……」
「どうか、落ち着いてお聞き下さい」
「うん……」

アイリは窓の外を眺めながら、どこか上の空で同じ相槌を繰り返していた。
そして、医師が打ち明けたのは衝撃的な真実だった。

「アイリ様の中には、もう1つの命が宿っております」

「うん…………え?」

衝撃で一気に意識が覚醒したアイリは、勢いよく上半身で起き上がった。
ハッとして、思わず自分の腹部を両手で触れる。

「そ、それって、もしかして……え、え!?」
「はい。お察しの通りです」
「も、もちろん、ディアとの……だよね?」
「はい。間違いなく、ディア様の魔力を宿した生命です」

嬉しさよりも、信じられない、まさか……という思いの方が強かった。
愛しい人が隣にいない今、なぜこんな時に、という歯痒さも感じる。
だが、医師は喜ぶどころか祝いの言葉も口にせず、浮かない顔をしている。
何か、とても言い辛そうにして、ようやく話を続けた。

「その、ここからが問題なのですが」
「……え?何が?」
「確かに、アイリ様の中に生命反応が認められます。ですが……」

ひと呼吸置いてから、医師は思い切って打ち明ける。

「どこにも、実体が、ないのです」

アイリは、それが何を意味するのか、全く理解できない。
混乱どころか、頭が真っ白になる。

生命反応はあるのに、どこにも、いない……?
赤ちゃんの姿が、ない……?
え?だって普通は、お腹の中に宿るものでは……?

アイリは脳内で自問自答を繰り返すが、確かな答えは出ない。

「魔界の医学でも前例のない事で困惑しております。今は経過を見るしかありません」

そんな医師の言葉は、すでにアイリには聞こえていない。
果たしてこれは、本当に『懐妊』なのだろうか……?

医師はアイリに配慮して、この事実をアイリにしか伝えなかった。
そしてアイリもまた、この事実は、まだ秘密にしておこうと思った。