ここは、悪魔が生きる世界、『魔界』。
普段は魔法で隠しているが、悪魔にはコウモリのような羽根がある。
そして魔界には『魔獣』という生物も生息している。
人間界との違いはそのくらいで、日常は変わらない。

その魔界を統べる悪魔『魔王』と、人間である王妃との間に生まれた、王女アイリ。


季節は春。アイリは魔界の高校を卒業した。
とは言っても、アイリの見た目は入学時と変わらない。
混血とはいえ、数万年も生きる、寿命の長い悪魔の血筋。
人間と違って、見た目と実年齢は一致しない。

卒業式を終えた後、アイリは昇降口を出て、校庭の真ん中に立つ。

「わぁ……桜吹雪……」

栗色のボブヘアを春の風に靡かせながら、アイリは両手を広げて空を仰いだ。
濃紺のブレザー、胸元に赤いリボン、同色のスカート。
制服姿でここに立つのも、今日で最後だ。
広い校庭の真ん中ではあるが、風に乗った花びらが、ピンク色の雪となって降り注ぐ。
そんなアイリのすぐ隣で、優しい笑顔で彼女を見守る若い青年がいた。

「アイリ様。ご卒業、おめでとうございます」

彼は、魔王の側近『ディア』。
淡いブルーグリーンの髪、金色の瞳、色白の肌。
見た目は20歳手前くらい、中性的な美しさを持つ爽やかなイケメン。
濃いグレーの、スーツと軍服を合わせたような独特な服装をしている。
クールで大人しい性格だが、魔王にも臆せず意見するほどの怖いもの知らずな男だ。

魔王の娘でありながら気弱な性格のアイリは、ディアの方を向くと恥ずかしそうに笑った。

「ディアと一緒だから頑張れたんだよ……ありがとう」
「恐れ入ります」

ディアは魔王の側近でありながら、この学校の教師も兼任していた。
そしてアイリは、そんなディアに、ずっと恋をしている。
アイリの世話役でもあるディアは、アイリが生まれた時から城で一緒に過ごしてきた。
家族愛であったものが、いつの頃からか特別な愛情に変わっていたのだ。

「アイリ様がご卒業を迎えられた今日、お伝えしたい事があります」
「……え?」

ディアからは急に笑顔が消えて真剣な面持ちとなり、アイリと向かい合う。