しかし、涙を浮かべるアイリの口元は……僅かに上向きだった。
だって、そういう事情であれば、ディアは……
ずっと片思いだと思っていた、この恋は……

『アイリ様、これだけはお伝えさせて下さい』

もうすぐ、アイリの魔法の効果が切れてしまう。
ディアが本心をアイリに伝えられる時間は、あと僅か。
アイリは聞かずともディアの心に気付いて、大きく頷いた。
ずっと欲しくて待ち焦がれた、その言葉に期待しながら。


『私は、アイリ様を……』


……アイリは、ようやく気付いた。
……この恋は、『片思い』ではなかった。

今この瞬間に、片思いが両思いに変わったのではない。
ずっと、ずっと……『両思い』だったのだと。

その愛を全身で受け止めようと、アイリはディアの毛並みに顔を埋めて目を閉じた。






アイリは目を覚ました。
いつの間にか、中庭でディアの毛並みに埋もれたまま眠ってしまったようだ。
目の前に広がる花畑では紫の菖蒲(あやめ)の花々が、夕焼け色を帯びて風に揺れている。
ふと横を向くと、魔獣のディアの金の瞳が優しくアイリを見守っている。

(あれ……さっきのディアは夢だったのかな……?)

一瞬そう思ったが、アイリは今までにない力が自身に漲っている事に気付いた。
……不思議なほどに心が落ち着いている。
大丈夫、夢じゃない。ディアの愛を受け止めた今なら、できる。
時刻はもう夕方。はやく試練をクリアしなければ。
アイリは立ち上がるとディアの前で一度、深呼吸をする。
そしてディアも伏せの体勢から起き上がると、お座りの形で待機する。
アイリはディアの毛並みに埋もれるようにして正面から抱きついた。

「ディア、人の姿になって……」

呪文のように囁いて目を閉じると、アイリから伝わる魔力で満たされたディアの全身が発光する。
光に包まれたディアの巨体は収縮し、やがて人の姿になると同時に光も収まった。
二人は、まるで抱き合うような体勢で中庭に立っていた。
魔法に集中していたアイリは目を開けると、人の姿になったディアを見上げて目を輝かせる。

「ディア、人の姿になってる!」
「アイリ様……」
「やったよ、ディア!私の変身魔法が成功した!」
「はい……ありがとうございます」

申し訳なさそうな顔をしているディアとは逆に、アイリは魔法が成功した喜びで大はしゃぎ。
これで、アイリの魔法の試練はクリア。無事に高校を卒業できる。
本当は、まだまだ問題は山積みなのだが、今のアイリは何も怖くないという自信で溢れていた。