魔王はチラっと魔獣のディアに目を向けると、真顔になってアイリに向かい合った。

「だが、アイリ。今回はオレ様に甘えるな」
「えっ……」

今まで、娘を散々甘やかして育てた魔王が言うセリフなのか。

「いいか、これは試験であり試練だ。アイリの魔法でディアを変身させてみせろ」
「えぇ!?私の魔法で!?む、無理だよ……!」
「そんな弱気じゃ卒業できねえぞ。卒業試験だと思って挑め。期限は今日中だ」
「えぇっ!?今日中!?」

魔王オランは、魔界の学校『オラン学園』の設立者であり、アイリのクラスの担任教師でもある。
この試練をクリアできれば、赤点だった魔法の単位もクリア。卒業を認められるという意味にも取れる。
そうは言っても変身魔法は高度な魔法であり、短期間で習得できるものではない。
数々の無茶ぶりに愕然とするアイリだが、冷静になってみれば魔王の言う通りでもある。

(きっとパパは私のために、心を鬼にして……うん、頑張らなきゃ)

いや、魔王は鬼ではなく、悪魔である。


魔王がその場から立ち去ると、アイリはディアを人の姿に変身させるべく、魔法を駆使する。
ディアの黒い毛並みに両手を添えて目を閉じ、集中して念じる。

(ディア、お願い……人の姿になって)

アイリの両手から魔力の光が放出されてディアの全身を包むが、光が消えても何も変化がない。
その後、何時間も中庭で同じ事を繰り返し、アイリの疲労もピークに達する。

「はぁ、はぁ……ちょっと、休憩……」

アイリは額の汗を片手で拭うと、ペタンと地面に座り込んだ。
するとディアが、アイリの体を全身で包むようにして丸まって座る。
ディアの腹部の毛並みに背中から埋まって体を預けているアイリは、疲れを忘れて微笑んだ。

「ふふっ……ディア、ありがとう。フワフワで気持ちいい」

ディアの夏毛の毛皮に包まれていると、ひんやりと冷たく心地よい。
魔獣は季節で毛の温度を変えて体温を調節するので、夏でも暑苦しくない。
ディアは顔をアイリの側に寄せて、金色の瞳を優しく細めて見守っている。
魔獣の姿のディアであっても、寄り添った時の心地よさは、人の姿の時と同じ。

「ねぇ、ディア……」

アイリはディアに話しかけるが、魔獣のディアは言葉が話せないので、アイリの一方的な独り言になってしまう。
でも、だからこそ、いつもより素直に本音で語りかける事ができるから不思議だ。

「私、生まれた時から、ずっと……ディアの事が好き」
「…………」
「魔獣のディアも、人のディアも大好き。私、ディアのお嫁さんになりたい……」
「…………」

言葉を理解しているものの言葉で返せないディアは、もどかしそうな目をして顔を寄せてくる。