しかしアイリは、またしても複雑な思いに悩まされていた。
決して、ディアと二人きりの補習を邪魔されたという邪魔者扱いではない。
母親のアヤメはアイリと容姿がそっくりで、同じ制服を着て並ぶと姉妹のように見える。
……アイリは、ディアに母親と比べられてしまうのを、何よりも恐れていた。

「それでは、今日は氷の魔法の復習をします」

今日は初心者のアヤメもいるので、初歩的な魔法から始める。
先日と同じく、ビーカーの中の水を凍らせるだけのシンプルな魔法の練習。
……それなのに、アイリは未だに成功しない。
アイリは握りしめたビーカーを見つめながら、ため息をついた。

(なんで出来ないんだろう……やっぱり懐妊したから……?)

こんな調子が続けば、ディアに懐妊がバレてしまうのも時間の問題かもしれない。
そんな危機感に頭を悩ませていたアイリの横から、奇妙な声が聞こえてきた。

「う~ん、う~~ん……」

アヤメがビーカーに両手をかざして、唸り声を上げながら懸命に念じていたのだ。
まるで、水晶玉に手をかざす占い師のような重い空気を纏っている。
しかし、いくら念じてもビーカーの中の水は凍らない。
やはり人間のアヤメが魔法を扱うのは難しいのだ。
その時、教卓から二人の様子を見守っていたディアが、アヤメの席へと歩み寄った。

「アヤメ様、両手でビーカーを包むようにして下さい」
「え?こ、こう……?ディアさん、教えて、お願い……」

『教えて』というよりは、『助けて』のニュアンスに近い。
そしてアヤメが無意識に発動する『上目遣い』の可愛さの破壊力は凄まじい。
さすが、あの魔王を惚れ込ませただけある。今や人妻の子持ちには見えない、永遠の17歳。
魔獣であるディアの心さえも、アヤメは簡単に射抜いてしまう。

「承知致しました。……では失礼します」

ディアは少し照れながら、ビーカーを包むアヤメの両手に自分の両手を重ねた。

「私が、手の上から適度な魔力を流し込みますので、その感覚を覚えて下さい」
「うん、分かった……」

アヤメは緊張しながら頷く。
ディアに触れられて緊張しているのではない。初めての魔法にドキドキしているのだ。
……だが。
そんな二人の様子を、隣の席に座るアイリが横目で、ふと見てしまった。
ディアがアヤメに手を重ねて密着している様子を。