ディアは何度もアイリの部屋の扉をノックしていたらしいが、全然気付かなかった。
今、どんな顔をしてディアと向かい合えばいいのか分からない。

「あ、うん、ごめんね。どうしたの?あっ、とりあえず入って」

ぎこちない笑顔をしながら、アイリはディアを自室へと招き入れた。
アイリが生まれた時から同じ城で暮らす二人は家族同然なので、なんの抵抗もない。
フワフワのピンクの高級絨毯の上に置かれたローテーブルに、二人は向かい合って座る。
ディアは相変わらず深刻そうな顔をしている。

「えっと、ディア、どうしたの?」
「健康診断の事です。結果は、どうだったでしょうか」
「あっ!そ、そっか、それね、その事ね!あー……」

ディアは、アイリの健康診断の結果を心配して来てくれたのだ。
それなのに、アイリは目も口も泳ぎまくっていて、まともな声が出せない。

……私、懐妊したの。
……ディアの子を、身籠ったの。

(なんて、言える訳ないよぉっ……!!)

アイリは口だけをパクパクさせながらも、なんとか心の叫びを封じこめた。
このディアの様子だと、あの日の夜は魔獣の本能が目覚めて自我を失った為に、記憶にないのかもしれない。
話してしまえば、真面目なディアは責任を取ろうとするに違いない。
でも、そんな形で結婚を急がせたくはない。
結婚するなら、ちゃんと両思いになってからの方がいい。

「えっと、ぜんっぜん、何ともなかった!健康だったよ……」
「そうですか……」

嘘をついてしまった罪悪感で語尾が沈むアイリと、それを聞いて沈んだ顔つきになるディア。
健康問題がないという事は、アイリの魔法の不調は原因不明という事になる。
こうなると、やはりアイリの心の問題としか言いようがない。

「アイリ様っ……!!」
「え……ふぇっ!?」

ディアが突然、身を乗り出して、テーブルの上に置いたアイリの片手を両手でぎゅうっと握りしめた。
瞬時に顔を真っ赤にしたアイリに向けられるディアの眼差しは、真剣そのもの。

「魔力の乱れは、心の乱れです。お悩み事があるなら、ご相談下さい」

(だから、それが言えないんだってばぁ~~!!)

アイリを乱している原因は、間違いなくディアなのだから。
心の叫びとは裏腹に、アイリの口からはディアに対する想いだけが溢れ出していく。

「……ディア、好き……大好きぃ……」

こんなに優しくて、真剣に向かい合ってくれて、いつも側にいてくれて。
そんなディアが愛しくて愛しくて、たまらない。
ディアを愛せば愛すほど、恋がアイリを狂わしていく。

「はい。ありがとうございます」

それなのにディアは、その愛を受け取りはするが、返しはしない。
『好きです』と、言い返してはくれない。
行き場を失った一方通行の切ない恋が、全ての原因なのだと……気付いてはくれない。