〇フェアリーランド(爬虫類館)の前(昼)

 約束をした日の週の土曜日に、早速フェアリーランドにやってきた結菜と一之瀬。

 フェアリーランドは博物館風の建物で、建物の周りには柵のついた檻や、熱帯植物の植わったコーナーがある。

 キラキラした目でフェアリーランドを眺める結菜と、対照的にどよんとしている一之瀬。


一之瀬「……フェアリーランドって、爬虫類館のことだったんだね」

結菜「そうだよ。爬虫類館フェアリーランド!」

 一之瀬の言葉に元気にうなずく結菜。


一之瀬「知らなかったよ。昨日検索してびっくりした。爬虫類好きの七海さんが行きたい場所っていうことでもう少し疑うべきだった」

結菜「知らないのに来てくれるなんて親切だね!」

一之瀬「……」
一之瀬「なんで爬虫類館がフェアリーランドなの? フェアリーとか言うからもっと女の子っぽいファンシーな場所想像してた。ていうかこの前はテーマパークって言ってたのに」

結菜「テーマパークじゃん! ここを作った人が爬虫類大好きな人らしくて、妖精みたいに可愛い生き物を集めてるからフェアリーランドって名付けたんだって!」

一之瀬「おもしろい感性だね」

 結菜の説明を眉間に皺を寄せて複雑な表情で聞いている一之瀬。

結菜「じゃあ、早速行こう! ここのヘビのりゅに君が可愛いんだよー。目がぱっちりしてて。あと、トカゲのぽぷら君も可愛いから生で見たいんだ! アルビノで、内臓が透けて見えるほど色素が薄くてね……!」

一之瀬「う、うん。行こっか」

 結菜が興奮気味に説明すると、一之瀬はちょっと引いた顔をしながらうなずく。


〇爬虫類館の中

 ガラス張りのヘビのケースの前で、目を輝かせて声を上げる結菜。一之瀬はあまりヘビが好きではないのでおそるおそる中を覗き込んでいる。

結菜「ひゃー!! 可愛い!!」

一之瀬「うお、本当にいる……ヘビだ……」

結菜「一之瀬君! あれがりゅに君だよ! あの目がぱっちりした小柄な子!」

一之瀬「え、待って、みんな同じに見えるんだけど。りゅに君どれ?」

 生のりゅに君を見つけ、興奮しながら一之瀬の腕をぱしぱし叩く結菜。

 一之瀬は何がいいのかわからないという顔をしながらも、りゅに君がどこにいるか目で追っている。 

結菜「あの右端の木の上にいる子だよ。一番可愛い子。あ、もちろんみんな可愛いけど!」

一之瀬「あれか。俺には違いがわからないけど」

 遠い目でガラスケースの中を見ている一之瀬。

 楽しそうにしていた結菜は、ローテンションに見える一之瀬に少し不安げな顔になる。

結菜(一之瀬君、やっぱり楽しくなかったかなぁ……)
結菜(そういえば、中学生の時も爬虫類に興味のない友達をこことは別の爬虫類館に誘って退屈させちゃったんだよね。人を選ぶ趣味だから気をつけようと思ってたのに、うっかりしちゃった)

 反省して元気がなくなる結菜。

結菜「一之瀬君、つまらなかったらここは早めに出ても……」

 結菜が遠慮して一之瀬に声をかけようとすると、一之瀬が持っていた鞄からファイルのようなものを取り出す。

一之瀬「りゅに君と、ほかに見たいのはぽぷら君だっけ。ぽぷら君かなり人気らしいから、順路からずれちゃうけど空いている今のうちに行っておいた方がいいかも」

結菜「え?」

 どうして一之瀬がそんなことを知っているのかと不思議そうに見上げる結菜。
 結菜と目が合うと、一之瀬は照れたのを隠すように顔をしかめて視線を逸らす。


一之瀬「昨日調べておいたんだよ。フェアリーランドで人気の生き物とか、今日やってるイベントとか」

 結菜が一之瀬の持っているファイルに目を向けると、今取り出した紙以外にも、たくさんの資料が挟まっている。付箋が張ってあるものも見える。

結菜(一之瀬君、爬虫類に興味ないはずなのに……)

 感動した顔になる結菜。

結菜「わざわざ調べてくれたんだね……!」

一之瀬「……だ、だって口止め料だし。七海さんに恩を売りたいじゃん」

 一之瀬が言い訳のように説明するので、結菜はくすくす笑いだす。
 笑う結菜を見て眉間に皺を寄せる一之瀬。


一之瀬「それでどうする? 順路通り回る? ぽぷら君の方に行く?」

結菜「ぽぷら君の方にする!」

 結菜は片手を上げて勢いよく答える。

結菜(せっかく一之瀬君が調べてくれたんだもん。どうせならそっちから行きたい!)


 それからアルビノトカゲのぽぷら君を観に行ったり、ワニのショーを観に行ったり、イグアナの餌やりを観に行ったりする二人。(ダイジェストで)

結菜(もともと来てみたかった場所だけど、どうしてかな。想像していたのよりずっと楽しい!)

 はしゃいだ様子で館内を回る結菜を、一之瀬は笑いながら見ている。


〇爬虫類館内のカフェスペース

 大方の生き物を見終わって、カフェスペースに休憩に来た結菜と一之瀬。
 大きな窓のある広々とした場所にテーブルと椅子が並んだ、セルフサービスのオープンな雰囲気のカフェ。

 二人は窓際の二人席に向かい合って座っている。

結菜「あー、すっごく楽しかった!」

一之瀬「よかったね」

 目をキラキラさせて言う結菜に、一之瀬は冷めた感じで相槌を打つ。

結菜「一之瀬君が一緒に来てくれたおかげだよ! ぽぷら君も後でケースの前を通ったらすごい混んでたし。私いつも下調べとかしないで来ちゃうから助かった!」

一之瀬「ネットで調べたのを印刷しただけだよ」

結菜「いや、その調べて印刷するのが大変なんだって」

 一之瀬の持っていたファイルを思い出して思わず笑みをこぼす結菜。

結菜(そもそも、私の急なお願いに下準備をしてきてくれたこと自体が嬉しかったんだよね。口止めのためだとしても)

 結菜はにこにこしたままドリンクに口をつける。

一之瀬「行きたいところは全部回れた? ほかに行きたいところある?」

結菜「えーと、大蛇を首に巻く体験もしてみたいんだけど……」

一之瀬「げっ、そんなのやりたいの?」

 結菜がうずうずしながら言うと、一之瀬は青い顔になる。
 青い顔をしながらも、結菜に大蛇の魅力を力説されると、好きにしなよと弱々しく同意してくれる。

 カフェを出た後も、存分に爬虫類館を満喫する結菜と、それをなんだかんだで楽しそうに見ている一之瀬。


〇爬虫類館の最寄り駅(夕方)

 爬虫類館を見終わって、駅まで戻ってきた結菜たち。
 改札を入った先の壁際で向かい合っている。

結菜(楽しかった……。帰るのが名残惜しい……)

一之瀬「帰りの電車、反対方向だからここでお別れだね」

結菜「うん。一之瀬君、今日は付き合ってくれてありがとう。すごく楽しかった」

一之瀬「いや、俺も結構楽しかったし」

 結菜に笑顔でお礼を言われ、照れ気味に言葉を返す一之瀬。
 結菜の目が輝く。

結菜「本当に? もしかして一之瀬君も爬虫類好きになってくれた?」

一之瀬「爬虫類見るのも意外とおもしろかったけど……」

結菜「けど?」

 結菜に身を乗り出して尋ねられ、一之瀬は言いにくそうに口ごもる。
 結菜が尋ねても、結局はっきりしたことは言わない。

 結菜、気になりつつも諦めて、改めてお別れを言う。


結菜「一之瀬君、本当に今日はありがとう。私そろそろ行くよ。月曜日にまた学校で!」

一之瀬「あ……っ、待って、七海さん!」

 結菜が反対方向のホームに向かおうとすると、一之瀬が引き止める。
結菜が足を止めると、一之瀬は鞄からお土産用の小さな紙の袋を取り出す。

一之瀬「これ」

結菜「なに、これ? くれるの?」

 結菜の言葉に一之瀬はうなずき、小袋を渡す。

 受け取った袋のテープをはがす結菜。
 すると、中からデフォルメされたアルビノのトカゲのキーホルダーが出てくる。


結菜「わぁ……! これ、ぽぷら君!?」

一之瀬「うん。七海さんこの子が好きって言ってたから。檻の前でも興奮して見てたし」

結菜「えええ、いつの間に買ってくれたの!?」

一之瀬「帰りに七海さんがトイレに行ったとき。お土産屋で時間潰してたら目について」

結菜「ありがとう……! 嬉しい!」

 ぽぷら君のキーホルダーを胸に抱きしめながら、感動した顔でお礼を言う結菜。
 結菜の喜ぶ顔を見て表情を緩めた一之瀬は、はっとしたような顔になり、真面目な顔に戻って言う。


一之瀬「口止め料だから。七海さんの機嫌を取っておいたほうが都合がいいだけだから」

結菜「あはは。ご機嫌取るつもりなら、口止め料っていうのは黙っておいた方がよかったんじゃない?」

一之瀬「う、それは……」

結菜「一之瀬君って自分が思ってるより裏表ないように見えるよ」

 結菜の言葉に、虚を突かれた顔になる一之瀬。
 結菜からふいっと視線を逸らす。

 結菜は嬉しそうな顔のまま一之瀬を見ている。

結菜「これ、大切にするね!」

 ぽぷら君のキーホルダーを両手で持って結菜がそう言うと、一之瀬は困ったような笑みになる。

 そこで別れて別々のホームに行く二人。

 電車の中で結菜は、もらったキーホルダーを嬉しそうにずっと見つめていた。

つづく