〇才明高校 2年A組 教室前(午前中)

 教室前の廊下を歩いている女子二人。移動教室から戻って来たところで、二人とも教科書とノートを腕に抱えている。

 一人は主人公の七海結菜(ななみゆな)。ミディアムヘアのゆるい三つ編みの小柄な女子。髪色は茶色。
 もう一人は主人公の友達の翼(つばさ)。茶髪のストレートロングで、普段からジト目気味のクールな雰囲気の女子。


翼「あ、一之瀬がまた女子に囲まれてる」

 翼が教室の前方のドアの方を見ながら、あまり興味がなさそうに言う。
 翼の言葉でそちらを見る結菜。

 教室のドアの横で、結菜たちと同じクラスの一之瀬瑞貴(いちのせみずき)が他クラスの数人の女子生徒に囲まれている。
 一之瀬は黒髪にダークグレーのベストを着た、いかにも好青年風の男子。

翼「よくもまあ毎日毎日口実つけて他クラスから会いに来るよね」

結菜「口実なのかな」

翼「そりゃあ口実でしょ。みんな一之瀬に近づきたいんだよ」

 翼が淡々と返事をする。

 一之瀬は感じのいい笑顔で女子たちに向き合っている。


結菜モノローグ
◆クラスメイトに囲まれたり、先生に頼られていたりする一之瀬の回想が映る

結菜M『うちのクラスの一之瀬瑞貴君は、完璧な人だ』
結菜M『勉強も出来て、スポーツ万能で、それでいてそれを鼻にかけたところがなくて人当たりが良くて。嫌味かというくらい完璧だ』
結菜M『文武両道なのに加えてあの外見なので、当然のごとく女の子によくモテる。あんな風に、女子が集まって来て一之瀬君の周りできゃあきゃあ言っているのは日常茶飯事だ』

結菜(私とは別世界の人だなぁ)

 一之瀬を見てから、ちらっと窓に映る自分を見てみる結菜。

結菜(うーん、普通……。勉強も運動も平均くらいだし、顔もいたって普通だし、一之瀬君と住む世界が違う……)

 キラキラした一之瀬と自分との違いにひそかに落ち込む結菜。

 結菜の横で、翼がやはりあまり興味のなさそうな口調で言う。


翼「いつか一之瀬を巡っての争いとか起きて、リトのアカウントに載りそう」

結菜「えー、そこまではならないでしょ」

翼「わかんないよ。昨日のリト、E組の宇部と宮崎と春川が修羅場だったって話載せてたもん。宇部でそうなるなら一之瀬なんてもっとありそう」

結菜「そんなことまで書いてあるんだ」

 結菜が驚くと、翼がスマホを取り出してSNS(Twitterとブログを混ぜた感じのこの世界のSNS)の画面を見せる。

 画面に大きく書かれた文字を読む結菜。

【2年E組のU部君、H川さんを家に呼んだところをサプライズでやってきたM崎さんに見られて泥沼】

 その見出しの下に泥沼の詳細が書かれている。
 そのほかにも、過去に生徒が起こした万引き事件や、何組の誰誰が実は整形しているなど、ゴシップのような投稿が延々と並んでいる。


結菜「リトって一体誰なんだろうね」

翼「誰だろ。この学校の人間なのは確かだけど、逆に言うとそれしかわかんないよね」

 結菜、上を見上げて謎の人物リトに思いを馳せる。

結菜M『うちの学校では、生徒たちの間でひそかに有名なアカウントがある』
結菜M『運営者の名前はリト。リトは、日々この学校の人間のニュースやゴシップをSNS上で垂れ流している。うちの学校、才明高校限定の暴露アカウントみたいな感じかな』

◆才明高校の生徒たちがスマホを片手に興味津々の顔でリトのアカウントを見ている様子が映る

結菜M『うちの高校の生徒限定に公開されているわけじゃないけれど、この学校の関係者以外が見ても興味をそそる内容ではないらしく、一般の人には知られていない』

結菜M『ただ、学校内での影響力は絶大だ』

結菜M『みんなリトのアカウントに自分や自分の周りの人たちのことが投稿されないか、いつも気にしている。リトは、生徒たちの興味を引くと同時に、いつ自分がターゲットになるかと恐怖を抱かせる対象でもあった』

◆リトの投稿をおもしろがる生徒と、投稿に怯える生徒の様子が順番に映る


結菜「久しぶりに見たなぁ、リトのアカウント」

翼「結菜はこういうのあんまり興味ないもんね」

結菜「うん。おもしろさがよくわからなくて……。なんでこんなことしてるんだろうね、リト」

翼「なんでだろ。自分の投稿でみんなが騒ぐの見て面白がってるんじゃない?」

結菜「ていうか、こんなことして問題にならないのかな」

翼「先生たちはもちろん問題視してて、犯人捜ししてはいるらしいよ。でも全然見つからないんだって。犯人を突き止めた先生がいても、リトがその先生の弱みを探し出して脅すから公に出来ないとか」

結菜「へーなんか怖い」

 翼の説明に顔をしかめる結菜。

翼「ていっても、結菜は平気でしょ。秘密とかないもんね」

結菜「え、私にだって秘密くらいあるよ!」

翼「たとえばどんな? 詳細言わなくていいから教えてよ」

結菜「えーと……」

 考え込む結菜。全く思いつかない。

翼「結菜は何でも正直に話しちゃうからなぁ」

結菜「うん。私、リトのターゲットになりようがないかも」

 諦めて秘密がないと認める結菜。

結菜(考えてみると、確かに私は知られて困る秘密とかそんなにないなぁ。そもそもリトのアカウントに載せられたとして、話題になるほど目立たないし……)
結菜(私の学校生活、卒業までリトと関わることなく過ぎていく気がする)


 その時、チャイムが鳴って廊下に出ていた生徒が教室内に戻り始める。

翼「やば。チャイム鳴っちゃった。結菜、早く戻ろ!」

結菜「あ、うんっ」

 早足で教室内に戻る翼と、それに続いて駆け足になる結菜。
 しかし、扉に入ろうとしたところで、扉のそばにいた男子生徒とぶつかってしまう。

結菜「わっ」

翼「わー、何やってんの、結菜」

 ぶつかった拍子に転んで、教科書とノートをぶちまけてしまう結菜。
 翼が戻ってこようとするが、その前にぶつかった男子生徒が結菜に手を差し出して起こしてくれる。

 結菜が立ち上がると、男子生徒は結菜のぶちまけた教科書類を拾って渡す。

一之瀬「はい、七海さん」

 ぶつかった男子は一之瀬だった。一之瀬の周りにいた女子生徒たちはもう自分たちの教室に戻って行ったのでいない。
 教科書を受け取りながらお礼を言う結菜。

結菜「ありがとう、一之瀬君。ぶつかっちゃってごめん」

一之瀬「全然大丈夫だよ。それより七海さん、けがしなかった?」

結菜「うん。それは平気!」

一之瀬「ならよかった」

 結菜に向かって微笑んでから席に戻って行く一之瀬。

 翼が結菜の元にやって来る。

翼「さすが優等生の一之瀬君は紳士だね」

結菜「ほんとにいい人だねー」

 一之瀬の後ろ姿を見ながらこそこそ言い合う二人。

 結菜の頭になぜか先ほど見ていたリトのアカウントが思い浮かぶ。

結菜(リトってどんな人かわからないけど、きっと一之瀬君みたいなタイプと対極の人なんだろうなぁ)


〇学校の三階の廊下(放課後)

 ノートを抱えて人通りのない廊下を歩く結菜。

結菜(係の仕事で化学準備室までノート持って行くよう頼まれちゃった。早く出して帰ろう)

 結菜が歩いていると、前方に一之瀬らしき男子生徒の後ろ姿が見える。


結菜「……あれ? 一之瀬君?」

結菜(この辺りはあまり生徒が通らないはずだけれど、どうしたんだろ)

 不思議に思う結菜をよそに、一之瀬はすたすた歩いて奥の教室に入って行く。

結菜(確かあの教室、倉庫代わりになっていて、生徒は立ち入り禁止じゃなかったっけ……)

結菜「一之瀬君、間違って入っちゃったのかな。教えてあげないと」

 結菜、急いでノートを化学準備室まで持って行き先生に渡す。
 それからすぐに準備室を出て、一之瀬の入って行った立ち入り禁止の空き教室まで向かう。


〇空き教室前

 一之瀬の入って行った空き教室の前に立つ結菜。

 引き戸式のドアには大きく「生徒立ち入り禁止」の張り紙がしてある。
 引き戸を少しだけ引いてみると、鍵はかかっていない様子。

結菜(こんなに大きく張り紙してあるのに。意外とうっかりしたところあるんだな、一之瀬君)
結菜(先生に怒られたらかわいそうだし、こっそり中に入ってここには入っちゃだめだって教えてあげよう! 私も昼間助け起こしてもらったしね!)

 結菜、ドアを開けてそっと中へ入る。


〇空き教室の中

 空き教室の中は、段ボールや資料、教材類などが積み重なっている。見通しが悪く教室の奥はよく見えない。

 結菜は荷物をかき分けて中へ進む。

結菜(一之瀬君どこだろ)
結菜(あんまり騒がしくすると、もしも廊下を先生が通ったときにバレちゃうから静かに歩かないとな)

 結菜が進んでいくと、大きな棚の後ろに会議用テーブルとパイプ椅子が見える。

 そこに一之瀬らしき黒髪の男子生徒が座っていた。後ろを向いていて向こうは結菜に気づいていない。

結菜(いた! 一之瀬君!)

 一之瀬はパイプ椅子に腰掛けスマホを弄っている様子。
テーブルの上にはスクールバックとファイル、プリントの束が置いてある。

結菜(休憩でもしてるのかな。でも、ここじゃない方がいいよ)

 結菜は一之瀬に声をかけようと後ろから近づく。

 その時、意図せず一之瀬のスマホの画面が目に入ってしまう。
 画面に映っているのは先ほど翼が見ていたのと同じSNSだった。

 一之瀬は集中しているようで、結菜に気づかず文字を打ち続けている。
 一之瀬の手でリトのアカウントが更新されたのを見て驚く結菜。

結菜「えっ、リト……?」

一之瀬「え?」

 一之瀬、ようやく気付いて後ろを振り返る。
 はじめ、きょとんとしていた一之瀬は、状況に気づいて驚愕したように目を見開く。

一之瀬「な、な、七海さん……!? なんでここに!?」

結菜「そんなに驚かなくても。一之瀬君、気づいてなかったと思うけど、ここ立ち入り禁止なんだよ! 入ったら先生に怒られちゃう。出た方が良いよ!」

一之瀬「わかってるよそんなこと! あんなにはっきり張り紙がしてあるのに気づかないはずないだろ!?」

結菜「そうなの?」

結菜(じゃあどうして中に入ったんだろう)

 結菜が不思議そうに首を傾げると、一之瀬がそわそわした様子で結菜に尋ねる。


一之瀬「七海さん、何か見た?」

結菜「うん、なんかリトのページ見てたね。それで、更新してたね」

 結菜が正直に答えると、一之瀬はぴしりと固まる。

結菜(あれ、一之瀬君固まっちゃった……。どうしたんだろ。それに、教室とちょっと雰囲気が違うな)

 一之瀬が固まったまま何も言わないので、テーブルの上に視線を移す結菜。

 テーブルに載っているプリントを見ると、そこには隠し撮りのように見える生徒の写真や名前、住所、小学校から高校までの経歴らしきものなど、個人情報が大量に書かれている。

結菜(なんだろう、これ。個人情報?)

 プリントを見ながら、不思議そうな顔をする結菜。顔を上げて一之瀬に向き直る。

結菜「一之瀬君、このプリント何? すごい量だね」

一之瀬「俺がこの学校に入ってから今まで集めてきた個人情報」

結菜「へー!」

 結菜は一之瀬の言葉に引くでもなく感心したような顔をする。

結菜(怖い顔して黙っちゃったから知られたくないことなのかと思ったけど、意外にもあっさり答えてくれるんだ。特に秘密にしているわけではないのかも)

結菜「もしかして、一之瀬君がリトなの? びっくりしちゃった。リトって一之瀬君の対極にいるような人だとばかり思ってたから」

 結菜、ほっとした様子で何気なく一之瀬に尋ねる。

 しかし、そこで結菜は一之瀬の顔が引きつっていることに気づく。

結菜(あれ、やっぱり秘密だったのかな)


結菜「一之瀬君、どうしたの?」

一之瀬「……まさか七海さんに知られるとはね。油断しきってたよ」

結菜「あ、やっぱり知られなくなかったの? 大丈夫! 私、こう見えて意外と口が固いから! 黙っておくよ!」

 胸を張って答える結菜だが、一之瀬は心ここにあらずで答えず、プリントをごそごそ探し出す。
プリントの中から数枚を探し当てると、結菜の方を振り返ってそのプリントを見せる。

一之瀬「七海さん、これなんだかわかる?」

結菜「何、これ? ……あ」

 一之瀬が見せてきたプリントには、結菜の名前と顔写真、詳細なプロフィールが書かれていた。
 その上、一年生からのテストの点数など、普通の生徒では知り得ないことも色々と書かれている。

結菜「もしかして私の個人情報?」

一之瀬「正解。リトは全校生徒全ての情報を握ってるから、七海さんのこともなんでも知ってるよ」

 一之瀬は立場を逆転できたと思ったのか、笑顔になって言う。

 一之瀬からプリントを手渡された結菜は、動きを止めてじっとプリントを見ている。


一之瀬「七海さんにも知られたくない情報あるよね? リトに晒されたくなかったら……」

結菜「すごーい! どうやってここまで集めたの!?」

 結菜は個人情報を握られていることを全く気にする素振りもなく、感心した様子でプリントをめくっている。

 呆気に取られて固まる一之瀬。


一之瀬「何その反応」

結菜「だってすごいよ! テストの点なんてどうやって調べたの? まさか職員室からデータを盗んだとか? えっ、よく見たら小学校のときに一年だけ住んでた場所まで書いてある! ここに住んでたことほとんど誰にも話したことないのに! すごいね、一之瀬君!」

 結菜は興奮した様子でまくしたてる。

 一之瀬は戸惑った顔をした後で、結菜におそるおそる尋ねる。


一之瀬「それ……バラされてもいいの? 赤点の履歴とか、中学のとき遅刻が多すぎて親と一緒に学校へ呼び出された話とか書いてあるよ?」

結菜「ちょっと恥ずかしいけど、隠してるわけじゃないしな」

 結菜は照れたように笑いながら言う。

 結菜に脅しが効かないと理解した一之瀬は真っ青になる。


一之瀬「嘘だろ、こんなパターン初めてだ……。みんな秘密をばらすぞと言えば怯えてそれだけはやめてくださいと頼み込んできたのに……」

結菜「一之瀬君?」

一之瀬「え、これってまさかやばいのは俺……? 弱みを握られてるのは俺の方……?」

結菜「おーい、一之瀬君」

 一之瀬、頭を抱えて考え込んでしまう。
 結菜が声をかけても心ここにあらずの様子で返事は返ってこない。

結菜「ねぇ、さっきも言ったけど私言いふらすつもりとかないよ」

 結菜が困った顔でそう伝えても、一之瀬は頭を抱えたままで聞いていない。
 結菜、さらに困惑した顔になる。

結菜(言わないって言ってるのにな……。それに、そろそろ帰りたいんだけどな……)

結菜「一之瀬君、私帰ってもいいかな。今日の10時から観たいドラマがあるんだよね。それまでに宿題済ませないと」

一之瀬「終わりだ……なんで俺がこんなぼけぼけした子に……」

結菜「配信で観てもいいんだけどさ、やっぱリアルタイムだと感動が違わない? ネタバレの心配もないし」

一之瀬「なんで今日に限って外に注意を払わなかったんだ……。油断した、馬鹿か俺。こんなことバラされたら終わる……せっかく築き上げた一之瀬瑞貴の地位が……」

結菜「おーい、一之瀬君」

 結菜が呼びかけても一之瀬はぶつぶつ言うばかり。
 結菜は呆れた顔になって言う。


結菜「仮にバレたって終わらないでしょ。ちょっと秘密があるくらいで」

 結菜の言葉に、一之瀬はようやく驚いた顔で結菜の方を見る。

一之瀬「ちょっとって……七海さん、リトの投稿ちゃんと読んだことある? 表で優等生面して裏であんな悪口やゴシップだらけのアカウント運営してるなんて普通引くだろ。七海さんだって俺の本性知って幻滅しただろ!?」

結菜「幻滅っていうか、私一之瀬君に最初から幻想抱いてないし……。いや、一之瀬君が人気なのは知ってるけど、私自身はそこまですごい人だとは……」

 もともと一之瀬が人気者だと知っていても、特に好感を抱いていたわけではなかった結菜は、思わず正直に言ってしまう。

 ぽかんとした顔になる一之瀬。
 一之瀬の反応を見て、はっとした顔になる結菜。

結菜(あれ、なんか一之瀬君固まっちゃった! 今の言い方失礼だったかな?)

 結菜、一之瀬がショックを受けたのかと思い、慌てて付け足す。

結菜「あっ、でも立派だなとは思ってるよ! 勉強も運動も何でもできて! 私は全然だから尊敬してる! それに教科書とか拾ってくれていい人だし!」

一之瀬「フォローしなくていいよ」

 なぜかフォローを始めた結菜に、複雑そうな顔で言葉を返す一之瀬。


結菜「本当だよ! それに、今までの一之瀬君のことはそんなに興味なかったけど、今日の一之瀬君はくるくる表情が変わっておもしろいなって思ったもん! 私は今の一之瀬君の感じの方が好きだな」

 結菜の言葉に目を見開く一之瀬。

 しばらく戸惑った表情で結菜を見た後、疑わしげに尋ねる。

一之瀬「それ、本気で言ってる?」

結菜「うん。私嘘つけないもん」

一之瀬「……変わってるね、七海さん」

 一之瀬、うっすら顔を赤くして視線を逸らす。
 結菜は何かおかしなことを言ったかとはらはらした顔になる。

 結菜はしばらく迷った後、教室を出て行こうとする。


結菜「えーと……というわけで私、一之瀬君の秘密をバラす気はないから! 帰るね!」

一之瀬「あっ、待って七海さん!!」

 帰ろうとする結菜を一之瀬はなかば無意識に腕を掴んで引き止める。
 結菜が不思議そうに振り返ると、我に返ったようにぱっと手を離す。

 一之瀬は若干言い訳めいた口調で言う。


一之瀬「や、やっぱり七海さんが誰かに言わないか心配なんだけど」

結菜「えー、まだ言うの?」

一之瀬「だから、秘密を話していないか毎日確認したいんだ。明日から七海さんもここへ来てくれない?」

 突然の申し出にぽかんとする結菜。
 一之瀬はやはり言い訳するような言い方で続ける。

一之瀬「ほら、教室だとリトの話は出来ないし! 一時間くらいでいいから!」

結菜「一時間も? それに毎日か……。それはちょっと大変だな……」

一之瀬「よ、用事がある日はいいから! 空いてる日だけで!」

結菜「そうなの?」

 結菜が躊躇うと、一之瀬は断られまいとすぐに条件を緩める。

 結菜、困惑するが、一之瀬の真剣な顔を見てよほど秘密をばらされないか気にしているのだろうと同情する。


結菜(一之瀬君、随分真剣に頼んでくるな……。そんなに自分がリトだってバラされないか心配なのか……。私がいくら言わないと言っても安心できないみたいだし、それなら一之瀬君の気が済むまでつき合ってあげようかな)

結菜「わかった。言うつもりはないけど、それで一之瀬君が安心するならいいよ」

一之瀬「本当に?」

 結菜が了承すると、一之瀬はぱっと笑顔になる。

 それからうっかり素の笑顔を見せてしまったことを恥じるように、一之瀬は表情を引き締めて改まった口調で言う。

一之瀬「感謝するよ、七海さん。それじゃあ、明日から放課後この空き教室に来て。鍵はいつも開いてるから」

結菜「わかった」

 改まって言う一之瀬につられるように、結菜も真面目な顔でうなずく。


結菜「じゃあ、今度こそ帰るね。一之瀬君、また明日―」

一之瀬「うん。……また明日」


〇学校の廊下(夕方)

 ようやく空き教室から出してもらえた結菜。

 窓の外は日が落ちかけている。
 結菜は早足で廊下を歩く。

結菜(なんだかおかしなことになっちゃった。……でもまぁいっか。一之瀬君もそのうち気が変わるでしょ)

 結菜、楽天的にそう考え、教室まで戻って行く。


つづく