当然ながら、グリアはアヤメを亜矢だと勘違いしている。

(グリアくんってば、いつもこんなに強引なの…!?)

どこか魔王に似たグリアの強引さに、アヤメの鼓動が高鳴る。
亜矢が魔王に迫られた時と同じで、これは不可抗力なのだ。
しかし相手がグリアとなると、簡単に逃げられそうにない。

「えっと、お腹…空いてるの?」
「当然だろ、飯がねぇなら『口移し』するぞ」
「え~!!ちょ、ちょっと待って!…あ、そうだ!」

アヤメは、手に持っているランチバッグをグリアに差し出した。

「このお弁当、ちょっと少ないけど……食べて」

本当はコランの弁当なのだが、腹を空かせたグリアを放っておけない。
アヤメは、そんな優しく純粋な気持ちで弁当を差し出したのだ。
グリアはそれを受け取ると、アヤメを驚きの目で見返した。

「弁当?……作ったのか?」
「うん。あ、それと……」

(あの事、言わなきゃ!)

アヤメはグリアの耳元に近付き、小声で話す。

「私、赤ちゃんができたの」

「…………ハァ!?」

静かに放たれた衝撃的な一言に、やはりグリアも変な声しか出なかった。
またしても何故、このタイミングで言うのか。
弁当を渡すついでに『言い渡す』ような軽い内容ではない…はず。

「……どういう意味だよ、それ!?」

もはやグリアは弁当どころではない。
グリアは、亜矢から打ち明けられたと思っているのだから。
そしてアヤメも、自分が亜矢のフリをしている事を忘れている。
よく考えたら、グリアに正体がバレても大して問題はない。
アヤメ自身も実は、この状況に混乱している。

「そういう事だから。じゃあ、また後でね!」

アヤメは立ち尽くすグリアを置いて、昇降口に向かって歩き出す。
端から見れば、生徒が昼休みに堂々と正門から出て行く姿にしか見えない。

(はやく帰って、コランにご飯作ってあげなきゃ!)

目的を果たしたアヤメは、すでにコランの事しか考えていなかった。
スッキリとした笑顔で帰路につく。

……だが、アヤメが学校に残した『言葉と物』は、更なる波乱を起こす事になる。