アヤメが職員室から出ると、廊下はやけに人通りが多い。
昼休みに入ってしまったのだ。
アヤメが職員室のドアを閉めた瞬間、偶然にも亜矢の親友・美保が通りかかった。

「あれ~?亜矢、お昼ご飯買いに行ったんじゃなかったの?」

アヤメを亜矢だと思い込んでいる美保は、いつもの調子で話しかけてくる。
対するアヤメは一瞬どうしようかと思ったが、思いのほか冷静だ。

(この人は、亜矢さんのお友達…大丈夫、ごまかせる)

どこからその自信がくるのか、アヤメは亜矢のフリを決めこもうとする。

「うん。オラン…じゃない、魔王先生に、お弁当を届けに……」

自信満々の割に弁当の事まで口走ってしまい、ボロが出まくっている。

「え~!?亜矢が魔王先生に、お弁当を!?なんで~!?」

美保は目を丸くして驚いている。
そして、その反応を見たアヤメも驚いてしまった。

(あれ?私、何か変なこと言ったかな?)

アヤメは今、コランの弁当が入ったランチバッグを持っている。
魔王に弁当を渡しに行ったと言えば、本当にそう見えてしまう。
美保は、アヤメの肩を両手でガシッと掴んだ。

「ダメよ亜矢、いくら魔王先生が素敵だからって、それはダメよ~!!」
「え、え、なんでダメなの?」
「亜矢にはグリアくんがいるじゃない!魔王先生にも奥さんがいるのよ~!」
「え?だから、私がオランの奥さん……」

そこまで言いかけて、ようやくアヤメは気付いた。
亜矢のフリをしているはずが、完全に素で話している事に。
とにかくこの場から逃げようと、アヤメは言い訳を考えた。

(亜矢さんのフリ…亜矢さんなら、ここは何て言うかな…)

そうして出た、『亜矢のフリをした』アヤメの言い訳が、これだ。

「じょ、冗談だよぉ~~!!私、グリアくん大好きぃ!!えへっ☆」

もはや、亜矢でもアヤメのキャラでもない。
そもそも亜矢は、『グリアくん』とは呼ばない。
美保は、亜矢の異常な豹変っぷりに衝撃を受けて言葉が出なくなった。
その隙に、アヤメは美保の横をすり抜けて、その場から立ち去る。

(うん、上手く、ごまかせた!)

あれのどこが上手い『ごまかし』なのか、アヤメの感覚は謎である。
アヤメが階段を下りて1階に着いた所で、いきなり誰かに片腕を強く掴まれた。

「きゃっ!?」

驚いて振り返ると、そこにいたのは……

「どこに行くんだよ。オレ様の飯はどうした?」

今日も今日とて、亜矢に昼食のパシリをさせていたグリアである。