いつもの、何気ない朝……のはずだった。
亜矢が登校しようとすると、マンションのゴミ捨て場の前でアヤメに会った。
アヤメは朝のこの時間に、いつもゴミ出しをしている。
その日の亜矢の一日は、アヤメの衝撃的な一言から始まった。

「赤ちゃんが、できました」

「…………は?」

亜矢は、自分でも驚くくらいの変な声しか出なかった。
ピンクのエプロン姿のアヤメが、ゴミ出しのついでに出した言葉は衝撃的すぎた。
……なぜ今、このタイミングで言うのか。

「ちょっと待って…赤ちゃん?子供?アヤメさんに?」
「……はい」
「え、えっと……それは、魔王との……?」
「……はい」

亜矢は当然の質問しかできないほどに混乱している。
そしてアヤメは、照れながら当然の答えを返す。
そもそも、今のアヤメは人間ではないはず。
菖蒲(あやめ)の花を媒体として再生された、疑似体であるはず。
魔王と愛し合ったとして、普通の人間のように子供ができるなんて……?

「それで亜矢さん……」

何かを言いかけたアヤメの言葉を、亜矢が遮った。

「あ~~!!ごめんね、遅刻しちゃうから、後で詳しく!」
「あ、そうですね、行ってらっしゃい」

アヤメは笑顔で亜矢を見送り、亜矢は逃げるようして走り去る。
亜矢は、アヤメの言葉を頭で処理しきれずに困惑していた。

(何なの、この変な感じ!?)

本当にアヤメが懐妊したのであれば、おめでたい事に違いはない。
だが、アヤメは亜矢の分身。
同一人物が『二人同時』に存在する、異常事態なのだ。

(アヤメさん、あたしと同じ17歳でしょ!?)

とは思うが、アヤメは見た目が17歳なだけで、実年齢とは違う。
前世では、指輪の魔力で生涯17歳の姿を留めていた。
……疑似体となった今も、多分そうだろう。
違う時代、違う道を生きてきた二人だが、同一の魂と外見を持つ。
アヤメを見ていると、まるで自分の事のようにも思えて放っておけない。
まるで、自分が……そんな錯覚まで引き起こしていた。