終わりの見えない言い合いをしばらく続けた後。
先程までとは打って変わって、気を落ち着かせた二人は静かだ。

「……あたし、思ったんだけど」

ぼそっと、小さく亜矢が呟いた。

「魔王もアヤメさんに2つ同時に儀式すれば良かったんじゃない?」

我ながら良い所に気付いたと、亜矢は自負した。
だが、グリアの答えは、それをあっさりと打ち砕いた。

「それは無理だな。寿命は変えられねえ」
「……あ、なるほど」

アヤメの死因は、寿命だった。
禁忌の儀式だろうと何だろうと、寿命は決して変えられない。
亜矢の場合は事故死であったから、生き返る事ができたのだ。
それ以前に『魂の器』の儀式を行った者は消滅してしまう。
それを免れたグリアは特殊なケース、むしろ奇跡であった。

「あと、アヤメさんに手出さないでよ」
「あぁ?どういう意味だよ」
「あたしと間違えないでって意味よ」

万が一、間違えてアヤメに口移しを迫ろうものなら、この世の終わりだろう。
魔王の怒りで人間界が滅びそうだ。
だが、亜矢とアヤメは分身で同一人物。見分けるのは不可能だ。
判別の方法として、アヤメは左手の薬指に結婚指輪をしている事をグリアに告げた。




グリアを帰すと、亜矢は急いで玄関から寝室に向かった。
グリアとの話が終わるまで、コランには寝室に居てもらったのだ。
素直で聞き分けの良いコランは、文句1つ言わずに言う通りにしてくれた。

「コランくん、ごめんね。もう話は終わったから」

亜矢が寝室のドアを開けると、コランがベッドに上半身を乗せて顏を埋めていた。
……寝てしまっていたらしい。
夕飯の後だし、グリアとの話も長くなったし仕方が無い。

「コランくん、起きて。今寝たら、夜寝れなくなっちゃうよ」
「ん~~お母さん………?」

寝惚けたコランは、亜矢をアヤメと見間違えてしまった。
……まぁ、顏も同じ同一人物なので間違ってはいない。
亜矢は思わず吹き出して笑ってしまった。

コランがしっかりと目を覚ましてから、亜矢はある相談をもちかけた。

「ねぇ、コランくん。アヤメさん…お母さんの事なんだけど」
「うん?」

コランは、魔王と同じルビーのような赤い瞳に亜矢を映して首を傾げる。

「エプロンの下…何か着るように言ってくれない?」
「そうだよな、お母さん、あれじゃ寒いよな~」

アヤメと同じ発想をするコランに、抗えない親子の血を感じた亜矢だった。
それ以前に、幼いコランに裸エプロンなんて刺激が強すぎる。
親としては、あるまじき行為だ。
亜矢にとって、コランは前世での我が息子。母性本能が働くのは当然だ。
アヤメを調教した魔王に止めさせるのが一番だが、応じるとは思えない。
亜矢やコランが言った所で、素直に従うとも思えない。
何か…何か、魔王を抑え込む手立てはないものか……。
思えば、亜矢の平手打ちが当たった事すらない。
そんな魔王に、どうすれば…?

「ねぇ、魔王に何か弱点ってないの?」
「う~ん……あっ!オレが『父ちゃん』って呼ぶと、すっげー嫌がる!」

確かに、今まで弟として接していた息子に『父ちゃん』と呼ばれたら…むず痒い。

「……なるほど」

その手は使えるのかな…と思いつつも、亜矢は1つ強力な武器を見付けたようだ。




こうして亜矢は、今度は魔王に真実を告げに行く必要が出来た。
亜矢とアヤメは今後、別々の魂として転生する。
『魂の輪廻』の儀式の代償は無効になり、魔王は転生が可能になる。
魔王はアヤメと永遠に結ばれる。
魔王とアヤメにとって、これ以上にない朗報だろう。
この真実を魔王は、どのように受け止めるのだろうか?