マンションの一室、亜矢の部屋。
夕飯を済ませ、すでにコランは先に寝てしまった夜の時間。
課題の山をテーブルに置き、それを挟んで向かい合って座る、亜矢とグリア。

「……で、オレ様も手伝えと?」

グリアは不機嫌極まりない顔をして、その課題と亜矢を交互に睨む。

「だって、こんなに沢山、どう考えたって一人じゃ無理だもの」

亜矢は苦笑いしながら、柔らかい口調で手伝いを乞う。

「多分、コレ出来なかったら明日、あたし魔王に何かされちゃうわ。あんたのせいよ、助けてよ」

怨恨なのか懇願なのか分からないが、とにかくグリアを動かす為に思いつく事を言ってみる。
元はと言えば、グリアのせいで遅刻したんだから連帯責任!と言いたい所だが、ここではグっと抑える。

「いいじゃない。今日の夕飯、けっこうご馳走作ったでしょ?」
「どーりで、気合いの入ったメシだと思ったぜ」

必死になっている亜矢を見て、グリアは仕方ねえ、とばかりに小さく溜め息をついた。
お願い、と手を合わせてテーブルの向かい側から身を乗り出してくる亜矢。
そんな亜矢の顔が間近にあるのをいい事に、グリアは正面から軽く口付けた。

「足りない分は、これでチャラだ」

ハっとして、亜矢が一瞬、目を丸くする。
だが、次の瞬間。

バチーーーン!!

思いっきりグリアの頬を叩いていた。

「テメエッ…!本気で叩くんじゃねえよっ!!」
「バカーーー!!人がお願いしてれば調子に乗って!!」
「それが人にモノを頼む態度かよ!?」
「あんたは人じゃないでしょ!それに、今日の口移しはもう済んでたじゃない!!」
「ああ?今のは口移しじゃねえ!何回してもいいんだよ!!」

どうでもいい口論を続けるが、全く意味がない事に気付いた二人は、黙々と課題のプリントに取りかかり始める。




数時間後、時刻は深夜。
課題のプリントは半分近くまで進んだが、先はまだまだである。

「しかし、奴のくれるモンなんて、ろくなモンねえと思うぜ?」
「でも、コランくんが喜ぶ物だって…」
「結局、ガキ絡みかよ」

コランには甘い亜矢。だが、それ以上にグリアにとって問題なのは、亜矢があまりにもお人好しで人を信用しすぎる事だ。
亜矢だからこそ、グリアはここまで過剰に気にかけてしまうのだが。


ふと、グリアは時計の針に目を向けた。

「もう2時だぜ?」

言われて、亜矢も気付いた。必死に問題を解いていたら、いつの間にかそんな時間になっていたのだ。

「そうね、夜食作ろうか?」
「肉入りおにぎり食いてえ。作れ」
「分かったわ。ちょっと待ってて」

今日ばかりは、素直にグリアのリクエストに応える亜矢。
そうして、亜矢がキッチンでおにぎりを作っている間も、グリアはプリントを進めていく。

「お待たせ、どうぞ」

亜矢が、おにぎりの乗ったお皿をグリアの前に置く。
その時、グリアは肩をコキコキ鳴らしながら一息ついていた。

「えっ、もう、そっちの分終わっちゃったの!?」
「ああ。言っておくが、これ以上は手伝わないぜ。オレ様の分は終わった」

グリアはおにぎりを1個手に取ると、モグモグと食べ始めた。
この死神は性格や口は悪いくせに、顔と頭はいいなんて悔しい…いや、もう、今だけは羨ましい。

「え~~!!そんな~~!!」

亜矢は涙目になりながら、シャープペンを握ると必死にプリントに取りかかる。
そんな亜矢を、ソファで横になりながら横目で見るグリア。


さらに、それから数時間後。
ふとグリアがテーブルの方を見ると、亜矢はテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。

「………やっぱ寝たかよ……」

呆れ顔で言いながら、グリアは立ち上がった。

「よっと」

眠っている亜矢を、いわゆる『姫だっこ』の形で抱きかかえる。
眠りながらも、亜矢はその浮遊感と温もりに、かすかに意識を取り戻す。

(あれ………何だろう……あたたかい……)

グリアはそのまま静かに歩き出すと、亜矢を部屋のベッドへと運んだ。
亜矢のベッドではすでにコランが寝ていたが、その隣に亜矢を寝かせ、布団をかけてやった。
グリアは亜矢の寝顔を見下ろしながら、小さく囁く。

「オヤスミ。」