亜矢達が帰った後の、魔王の家。
夕飯の支度をし終えたアヤメは、魔王の帰りを待っていた。
魔王は教員なので、生徒達よりも帰宅は遅い。
少しでも早く会いたいので、外に出てマンションの前で待とう、と思い付いた。
エプロンの下に適当な服を着て、いざ玄関の外へ。
すると偶然、マンションの階段を上ろうとしていた人物が立ち止まり、アヤメを凝視していた。
学校帰りの、グリアだった。
アヤメは、グリアが事情を知っていると思っている。
グリアは事情を知らないので、目の前のアヤメを亜矢だと勘違いしている。
アヤメはニッコリと微笑んだ。

「グリアくん、お帰りなさい」

「………ハァ？」

エプロン姿で亜矢に『グリアくん』呼びされたと勘違いして、グリアの脳内は疑問符で埋め尽くされた。

「久しぶりだね。ふふっ……カッコ良くなったね」

アヤメはグリアの顏を見て、遠い昔を懐かしく思い出した。
400年以上前の人間界で、アヤメはグリアと出会った。
その当時のグリアの見た目の年齢は10歳ほどであった。

「………あぁ？」

訳の分からない事を言われて、グリアからは変な声しか出ない。
久しぶりでもないし、カッコ良いという褒め言葉を亜矢が本気で言うはずもない。
……亜矢らしくない。

（コイツは………やべぇな……）

ようやく普段通りの亜矢に戻ったと思ったら、また異常な言動を……
以前の危機感が蘇る。
こういう時は、問い詰めて近付いたら拒絶される。前回の教訓だ。
グリアは何も見なかった事にして、無心で階段を上って行った。

その後すぐに、グリアと入れ替わるように同じ場所をリョウが通りかかった。
アヤメは、リョウも事情を知っていると思っている。
リョウは天王から事情を知らされていたが、疑似体のアヤメを目にするのは初めてだ。
アヤメは先程と同じように微笑み、軽く会釈した。

「リョウくん、お帰りなさい」

リョウは歩みを止めて、グリアと同じようにアヤメを凝視した。
この人は亜矢なのか、アヤメなのかを見極めているのだ。
見た目が同じなので、目印でもない限り見分ける事は不可能だ。

「リョウくんもカッコ良くなったね。覚えてる？魔界で一緒に暮らしてたの」

アヤメはリョウの顏を見て、また遠い昔を懐かしく思い出した。
その言葉から、リョウは目の前の少女がアヤメである事を確信した。
リョウは幼い頃、ホームステイ先として魔界の城に住んだ事があるのだ。
その当時のリョウの見た目の年齢は3～4歳ほどであった。
リョウ自身は、その頃の詳細までは覚えていない。
だが、アヤメの名前と顏を照らし合わせた時に、当時の記憶が少しずつ呼び起こされた。

（そうか……ボクが亜矢ちゃんに惹かれた理由って……）

それは魔王と、そしてグリアとも同じなのかもしれない。
遠い過去からの、輪廻を越えた巡り会いだった。
それにしても……

（アヤメさん、本当に亜矢ちゃんにそっくり……エプロン姿、可愛いなぁ）

亜矢の分身・アヤメのエプロン姿の破壊力に、さすがの天使も心を奪われた。
先程まで裸エプロンだったとは夢にも思わない。






その日の夕方。
グリアは、いつものように夕飯をたかりに、亜矢の部屋へと訪れた。
亜矢は、少し緊張した面持ちになる。
今日こそ………言わなければ。
これまでの事。そして、これからの事。
亜矢が、魔王の妃であるアヤメの転生体だという真実を知った時、彼は何を思うのだろうか？


グリアに『真実』を話す時が来た。