グリアには真実を伝えていないまま、次の日の朝になった。
制服姿の亜矢が、いつものように玄関のドアを開けた。
一瞬、動きを止めて周囲を確認する。
今日はグリアに待ち伏せされていないようだ。
そうなると話をする機会は、グリアが亜矢の部屋にやってくる夕飯時だろう。
亜矢はマンションの階段を下りて行く。
1階に辿り着くと、なんと、そこに居たのは……

「よぉ、亜矢。今日は早ぇな」

スーツ姿で堂々と立つ魔王の姿があった。

「ま、魔王!?なんで、ここにいるの!?」

亜矢は反射的に身構えた。まさか魔王も待ち伏せを始めたのだろうか?

(アヤメさんという奥さんがいるのに、なんで、あたしを待ち伏せするの!?)

魔界から直接、人間界に通っている魔王が、このマンションの前に立っている理由が分からない。
唖然とする亜矢のすぐ横を、誰かがスッと横切った。
亜矢は改めてもう一度、驚きの叫びを上げた。

「あっ……アヤメさん!?」
「え?」

名前を呼ばれて驚いた少女が振り返った。
その人は『亜矢の分身』こと、アヤメだ。
アヤメはピンクのエプロン姿で、手にゴミ袋を持っていた。ゴミ出しの最中だったのだ。
アヤメはゴミ捨て場にゴミを置くと、すぐに魔王の側に走り寄った。
スーツ姿の魔王と、エプロン姿のアヤメ。
二人並んだその姿は、旦那の出勤を見送る奥さんという、まさに夫婦の図だ。

「あぁ、言い忘れてたけどな、このマンションの1階に住む事にしたぜ」

魔王がアヤメの肩を抱きながら言う。
亜矢にはそれが疑問だらけで、気が気じゃない。

「え、魔界の仕事は大丈夫なの…!?」
「魔界には簡単に行き来できる。問題ねぇ」

亜矢の部屋のクローゼットに魔界を繋げられるくらいだから、それは本当なのだろう。
そういえば、このマンションの大家は、天王だ。
魔王夫婦に部屋を提供したのも天王の配慮なのだろう。至れり尽くせりだ。
アヤメは幸せそうに魔王に寄り添いながら亜矢に告げた。

「亜矢さんが学校にいる間は、私がコランの面倒を見ますね」
「あ、確かに……それは助かる、けど………」

コランとアヤメの親子の時間が作れるし、それは亜矢にとっても都合が良い。

「おっと、早く行かねえと遅刻するぜ」

アヤメが魔王の正面に回ると、背伸びして魔王を見上げた。

「オラン、行ってらっしゃい。夕飯作って待ってるね」
「あぁ、行ってくるぜ。早く帰ってくるからな」
「うん。大好き」

そうして二人は抱き合い、朝日を浴びながら、唇を近付け……

「あぁ~~やめて、お願いだから、ここでイチャつかないで~~!」

そんな、朝からラブラブな夫婦を目の前にして狼狽える亜矢。
自分と全く同じ姿をした分身が魔王とイチャつくのは、色んな意味で見ていられない。