亜矢が目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋。
いつもと変わらない朝だった。
深い眠りに落ちて、夢は見ていなかったと思う。
あんなにモヤモヤしていた毎日だったのに、今はスッキリと心が晴れている。
ベッドから起き上がろうとするが、膝のあたりに重みを感じる。
そっと身を起こして見ると、膝元でグリアが顏を伏せて眠っていた。

(えっ!?死神……!?)

驚いて、反射的にビクっと膝を動かしてしまった。
その僅かな衝撃で、グリアが目を覚ました。

「………んぁ?」

グリアの口から、聞いた事のないような擦れ声が漏れた。半開きの目で、ぼーっとしている。
しばらくは焦点が合わなかったが、ようやく亜矢の方に視線を向けた。

(死神が……寝惚けてる?……ふふっ)

グリアが見せた初めての顏に思わず心で笑ってしまったが、和んでいる場合ではなかった。

「死神、どうして、あたしの部屋にいるのよ?あんた、もしかして一晩中…?」
「……あぁ……テメエの気配がしたから……来たら……居た……からよ……」

寝惚けているのか、グリアの言葉は途切れ途切れで要領を得ない。
だが、心配して来てくれたのだろう。それだけは分かる。

「………てめぇ、亜矢……か…?」

まだハッキリしない口調で、グリアから思ってもいない疑問を投げかけられた。
あんたこそ死神なの?と問いたくなる程に彼らしくない。

「うん。あたしは亜矢よ」
「そうか……」

そう言ったグリアの口元が、微笑んだように見えた。

「ねえ、死神?あの時、何て言おうとしたの?」

亜矢が魔界への入り口に飲み込まれた瞬間、グリアは何かを伝えようとした。
だが、グリアは寝惚けたフリなのか、わざとらしく視線を逸らした。

「覚えてねぇなぁ……」

そんな誤魔化しは『口移し』の付き合いが長い亜矢にはお見通しだ。

「うそつき」

そう言いながらも、亜矢は自分もグリアに真実を言わずに今日まで来た罪悪感に苛まれた。
全てを話すべきだと思った。
グリアは何も言わずに、輪廻の間で彷徨っていた自分を助けてくれたのだから。
春野亜矢という、自分自身を取り戻してくれたのだから。

「死神……あのね……」
「言うな」
「え……?」
「今は聞きたくねぇ。……疲れた」

今日はグリアらしくない台詞が続く。
グリアは、もしかしたら……すでに、全てを知っているのかもしれない。
とりあえず、今は死神の言う通りにしてあげようと思った。

「あっそ、せっかく『口移し』させてあげるって言おうとしたのに」

亜矢は、グリアが寝惚けてるフリなのをいい事に、からかう事で反撃に出た。
しかしグリアは、しっかり反応してガバッ!!と勢いよく起き上がった。
そんなに口移しが欲しかったのか、単に生命力が欲しいだけなのか……。

「言ったな、いいんだな?二言はねえぞ」

しっかりと念を押してきた。

「あら、あんたが念を押すなんて初めてじゃない?」

……いつも強引に迫って来るクセに。
……そうしてくれた方が、恥じなくて済むのに。

今日は口移しくらい、素直にあげてもいいと亜矢は思った。
例え何をされようとも……今日は抵抗しないつもりだ。
だが、その時。

「う~~ん……もう朝か?」

誰かの声が、亜矢の隣から聞こえてきた。
布団を被っていて気付かなかったが、コランが亜矢の隣で寝ていたのだ。
その事に気付いた亜矢は、残念でした☆という顏でグリアに笑いかけた。
さすがに、コランの横で堂々と口移しはしたくない。
グリアは口移しの『おあずけ』をされて、不満そうな顏をしていた。