「思い知れ。死神ごときが、魔王であるオレ様の妃に手ェ出してんじゃねえよ、ガキが」

勝ち誇ったように、今までの仕返しとばかりに、亜矢の背後から魔王が言葉を投げかけてくる。
亜矢が、自身を『アヤメ』だと名乗った事。
魔王が、亜矢を『妃』だと言った事。
今までの不可解な亜矢の言動……グリアの中で、全ての謎の真実が繋がり始めた。
だが、今はそんな事を考えている余裕などない。
立ちすくむグリアを残して亜矢は魔王の元へと戻ると、抱きつくようにして寄り添った。
すると二人の背後に、大きく渦巻く闇の空間が出現した。魔界へ繋がる扉だ。
魔王は、亜矢を魔界へと連れて行くつもりだ。
魔王が先に闇の空間に飛び込むと、続いて亜矢も飛び込もうとする。

「……亜矢っ!!」

グリアは駆け出し、亜矢の片腕を掴んで引き止めた。
その行為ですら、アヤメと同化した今の亜矢の心には響かない。

「放して……帰るの、魔界に」

だが、グリアは腕を握る手の力を弱めない。

「オレも思い出した…ずっと……忘れちゃいねえんだよ!!」
「……なんの事?」

見た事もない必死なグリアの姿に、亜矢は不思議とその言葉の続きが気になった。

「約束した…!!お前が生まれ変わったら、絶対に守ってやると!!」
「え……?」

亜矢の記憶……いや、アヤメの記憶から、遠い過去の記憶の1シーンが呼び起こされる。
グリアはすでに、亜矢の前世であるアヤメと会っていたのだ。
それは、400年以上も前の事になる。

16世紀の人間界、森の奥深くで……
まだ幼い少年だったグリアは、生命力が尽きかけて弱っていた。
そんな彼に自らの生命力を差し出して助けてくれた、人間の少女。
それがアヤメだった。
だが、アヤメには、すでに魔王オランという婚約者がいた。
グリアは、宣言した。
『来世では必ずアヤメを守ってやる。絶対に結ばれる』、と。

今……死神と少女の記憶が繋がった。

「しに……がみ……!!」

亜矢の目から涙が伝う。
魔王も、グリアも、長い時間を越えて巡り会えた運命の人には違いないのだ。

「亜矢、オレはっ……!オレは、お前を………」

グリアが何かを伝えようとして、それを言い終わる前に……
二人を引き裂くようにして、魔界へ繋がる闇の渦が、亜矢を飲み込んだ。
グリアが掴んでいた亜矢の腕も闇の中へ溶けるように消えて行き、気付けば空を掴んでいた。
同時に、魔王が作り出した『白の空間』も消滅した。
グリアは誰も居ない校舎の裏で、地面に両膝を突いて頭を垂れた。
亜矢の腕を掴んでいたはずの拳を、力いっぱい地面に叩き付けた。

「…………クソッ…!!!」

奪う事も、取り戻す事も出来なかった。
近くに居たのに、気付く事が出来なかった。気付いたのが遅すぎた。
それは死神にとって、初めての屈辱だったのかもしれない。