玄関を出た天王は、そこでバッタリと亜矢と会った。
ちょうど亜矢は、リョウの部屋に行く所だったのだ。
亜矢は天王を見ると、何か不思議な感じがしてピタっと足を止めた。

(リョウくんの部屋から出て来たみたいだけど、誰かしら?)

天王は亜矢に笑いかけた。不思議なくらい綺麗な人だな、と亜矢は思った。

「私は今日からこのマンションのオーナーになった、天真(てんま)だ」

天王は、人間界での自らの名を、そう名乗った。
亜矢は慌てて頭を下げた。

「あっ!春野です!お世話になります」

天王はそのまま、スっと亜矢の横を通り過ぎた。

「魂の器・春野亜矢…」

天王は小さく呟いた。
亜矢が頭を上げた時、目の前に天王の姿はなかった。

(大家さんが変わったなんて、知らなかったわ)

それに、あの声……どこかで聞いた事があるような?
亜矢はふと思ったが、気を取り直してリョウの部屋へと向かった。






次の日の朝、リョウが玄関のドアを開けると、目の前にはグリアが腕を組んで寄り掛かっていた。
リョウは少し驚いたが、すぐにいつもの笑顔を向ける。

「おはよう。今日はボクを待ち伏せ?」

だが、グリアはリョウを睨み据えたまま、少しも表情を変えない。
そして、小さく口を開いた。

「オレ様は、いつか天界をツブすぜ?」

リョウは眼を見開いた。笑顔が消える。

「その時、てめえが再び立ちはだかるなら……今度は斬るぜ」

グリアの言葉に嘘はないだろう。真剣味を帯びた鋭い瞳。
グリアは、知っているのだ。
天王の目的と、彼がリョウを手放したくない本当の理由を。
リョウはその言葉に含まれた意味に気付き、穏やかな笑いを返した。

「また、ボクに忠告してくれるんだね。ありがとう」

グリアは少し顔を背け、小さく舌打ちをした。
やっぱり、リョウと話していると調子が狂うのだ。
それは天使の特性なのか、リョウの特性なのか。
その時、リョウの部屋の右隣の部屋のドアが開いた。

「行ってらっしゃい、アヤー!!」

元気に見送るコランの声と共にドアから出て来た亜矢。
グリアは亜矢に気付くと、ニヤリと笑ってようやくいつもの彼らしい表情になった。

「よお、亜矢。…なんだよ、その構えは?」
「きゃー、近寄らないでよっ!!」

迫り来る死神から逃げようと、必死に抵抗する亜矢。
ふと、亜矢はリョウの姿に気付いた。

「リョウくん、おはよう!…っていうか助けて……」

リョウはクスっと笑った。

「遅刻したら、魔王先生に怒られちゃうね。グリアだけ。」

その一言に、一瞬だけグリアの動きが止まった。
その隙に亜矢はグリアの腕から逃れ、走り出した。

「てめえっ!待ちやがれ!!」

グリアも同時に走り出す。
そんな二人の背中を見送りながら、リョウも歩き出す。






新しい日々の始まり、新しく開かれたいくつもの扉。
一人の少女を巡る物語が、再び動き出す。