亜矢がこんな状態では、デートを続行するのは無理だろう。
グリアは亜矢の腕を引きながら、自宅マンションへと連れ帰った。
だが、帰ったのは亜矢の部屋ではない。
グリアは、亜矢を自分の部屋へと連れ込んだ。
片手を引かれるまま、亜矢はもう片手で顔を覆い、必死に自我を保っているようであった。
自室に入ると、グリアはようやく亜矢から手を離した。

「……おい!!しっかりしろ!!」

グリアは亜矢の両肩を掴み、眼前で言い聞かせる。

「う、あ………」
「てめえは誰だ?名前を言えるか?……言ってみろ!!」

「あ………あたしは……」

亜矢なのか?アヤメなのか?
すでに自分の名前すら、口にする事が出来なくなっている。
グリアは亜矢の肩を掴んだ腕に力をこめて、すぐ後ろのベッドへと押し倒した。
その衝撃で、僅かに亜矢は自分を取り戻した。

「やだっ…!死神……!!」

グリアの力が強すぎて、亜矢はベッドの上で僅かな身じろぎしか出来なかった。

「だって、さっき、口移しは……した…のに……!!」
「うるせえ、黙ってろ!!」
「…………っ!!」

半ば強引に、グリアは亜矢に唇を重ねた。

「…………?」

その時に感じた感覚。温かい何かが、心臓に向かって体内に流れ込んでいく。
亜矢は抵抗を止め、それを静かに受け止めた。

………懐かしい。

その『口移し』は、命の力を『吸い取る』行為ではない。
命の力を『注ぎ込む』口移しだった。
グリアが亜矢に24時間に1回『命の力』を注ぎ込まなければ命を持続できなかった、あの時の口移しだ。
あの時の感覚、グリアの真剣な眼差し、1年間の儀式。全てが甦ってきた。
体中が、温かい力で満たされていく。
亜矢は落ち着きを取り戻した。
しかし、亜矢から離れたグリアの顔は……眉をひそめ、苦しそうだった。

「………死神?」

亜矢が呟いた次の瞬間。

ドサッ

亜矢の体の上に重なるように、グリアは倒れた。

「…っえ!?」

亜矢は驚いて、自分の顔のすぐ横にあるグリアの顔を見る。しかし、彼の意識はすでに無いようだ。

(そんな、どうして…!?)

亜矢は慌てて起き上がると、ベッド上に倒れ込んだグリアの体を動かして隙間から布団を引っぱり出す。
そして、何とかグリアに布団を被せて寝かせる形を作った。
そうしているうちに、もしかして…という憶測が浮かび上がった。
グリアは今、亜矢から毎日『命の力』を吸収しなければ生きて行けない。
それなのに今、逆に亜矢に『命の力』を注いだ。
そんな事をすればグリア自身の生命力が尽きてしまい、意識すら保てなくなってしまう。
そこまでして、グリアは亜矢に本来の自分を思い出させようとしたのだ。
以前、『自分の命を大切にしろ』と言ったのは、グリア自身なのに。

「バカ…………」

亜矢は、静かに目を閉じたままのグリアの顔に、自らの顔を、そっと近付けた。