不思議な事に、明るい外界(?)に出てしまえば、叩きたい怒りなど収まっていた。
二人が微妙な距離で繁華街の中を歩いていると、いつもの、あの洋菓子店が見えてきた。
カフェが併設されている、シュークリームの美味しい、お気に入りの店。
亜矢は、その店を見て、思い出した。
次は、グリアと一緒にここに来たいと口にした、あの時の事を。
そんな亜矢の視線に気付いたのか、グリアがその店の前で足を止めた。
予測出来なかった亜矢は、グリアよりも数歩遅れて立ち止まり、振り返る。

「何してんだよ、入るぜ」

当たり前のように言うグリアに、亜矢は驚いた。
普段のグリアは、甘いお菓子を好まないからだ。

「入りてえんだろ?テメエは分かりやすいんだよ」
「え、でも、ここって甘いお菓子しかないけど?」
「気にしねえ、食えりゃ何でもいい」

それって毎晩、人の手料理を食べてるあんたが言うには酷くない?
…と思うのだが、それが彼の優しさなのだろう。
確かに、一緒にこの場所に来たかった。
口は悪いが、その優しさは素直に嬉しいと思った。




小さなテーブルに向かい合って座る。
グリアの前にはシュークリームと、ブラックコーヒー。
わざわざ同じシュークリームを注文して、亜矢に付き合ってやるつもりなのだろう。
無言での気遣いが、亜矢の心を優しく締め付ける。
嬉しいのに、少し胸が苦しい。
感じた事のない、この感覚は、一体何なのだろう?
まぁ、グリアはお金を持っていないので、結局は亜矢の奢りになってしまうのだが、そこが滑稽だ。
そんな、仲睦まじい(?)二人の姿を、カフェの外のガラス窓側から目撃してしまった人物が二人。
偶然にもカフェの前を通りかかった、天王とリョウだ。

「亜矢ちゃん…来てますね、グリアと」
「リョウ、世の中には知らぬ方が良い事もある。記憶から消すのだ」
「……それは困難です、天王様」

あの日以来、天王とリョウは、天界でも人間界でも共に行動する事が多くなった。
まるで本当の親子のようで、誰が見ても仲睦まじいのは、彼らの方だろう。
そうして、二人はそっとカフェの前から立ち去った。




カフェから出た、亜矢とグリア。
何だか、先程のネットカフェから出た時よりも、心が晴れやかだ。
グリアは嫌な顔1つせずに、好みでないはずのシュークリームを一緒に食べてくれた。

「じゃあ、次はどこに…」

亜矢がグリアの方を向いた時、視線の先に見付けてしまった人物。
亜矢の思考が一瞬にして停止し、景色が色を失う。
不審に思ったグリアが亜矢の視線の先を見ようと、振り返った。
そこに居たのは……魔王とコランだった。
騒がしい繁華街の真ん中で佇む、二人と二人。
亜矢のお洒落した服装を見れば、それがデートであると誰が見ても分かる。
魔王は、動揺する亜矢を見て何を思ったのか、ニヤリと笑って余裕を見せつけた。

「人に子守りさせといて、こんな所で何してんだかなぁ?」
「アヤと死神の兄ちゃん、デートしてたのか!?ずるいー!!」

果たしてデートの意味を理解しているのか、置いてきぼりにされたコランは頬を膨らませた。
だが、亜矢の異変に気付いたグリアが険しい表情になり、亜矢を庇うように前に進み出た。

「あ………あ………」

亜矢の口からは言葉が出ない。
ただ瞬きも出来ずに、思考が一気に掻き乱されるような感覚に陥った。
魔王は……今、一番、会ってはいけない人だった。
しかも、コランと一緒なのだ。
やっと自分自身を取り戻しかけていたのに、魔王を見てしまうだけで、強制的に脳裏に浮かんでくる言葉。

魔王の元へ、戻りたい。

意識に反した願望が…自分ではない誰かが、魂の奥底から訴えかけてくるのだ。
そんな亜矢を見抜いているのだろう。魔王はわざと亜矢から視線を外さない。

「………!行くぜ、亜矢」

グリアは亜矢の片腕を掴むと、強引に引っ張って歩き出した。
亜矢は魔王を見ないように顔を伏せながら、何とかグリアに付いて行こうと歩き出す。
魔王は、二人の行く道を遮る事はしなかった。それも余裕の表れなのか。
ただ何を思うのか……二人の背中ではなく、どこか遠くの虚空を睨み付けているようだった。

「あっ!兄ちゃん、シュークリーム食べたい!」

先程、亜矢が出て来たカフェを指差すコランは、ただ無邪気だった。