その日の朝、いつものように高校に登校しようと、リョウが玄関のドアを開けて外に出た瞬間。
すぐ目の前で、衝撃的な場面を見てしまった。
見えるのはグリアの背中だったが、その奥には亜矢。あの体勢、あれは間違いなく……

(うっ……わっ!!)

リョウは思わず声が出そうになるのを抑え、心で叫び声を上げた。
あれは間違いなくキスシーン……いや、口移しシーンだろう。
グリアは最近、亜矢に拒絶されていたのではなかったのか?
何故、また急に日課の『口移し』が復活してるのか?
二人の口移しなんて見慣れているから隠れる事もないのだが、リョウは音を立てないように、その場で気配を消して静止していた。
亜矢はグリアから離れると、恥ずかしそうに口元を指で押さえた。
そのまま逃げるようにして、マンションの階段を駆け下りて行った。

(ええ~~??)

リョウは再び心で声を上げる。
アレはどうした事か。まるでラブラブな恋人同士の初キスのような初々しさではないか。
強引に迫って、抵抗して、抵抗して、やっと事を成すのが、いつもの二人の『口移し』ではないか。
何だか、見てはいけないモノを見てしまった罪悪感さえ覚える。
リョウは色々疑問を浮かべながらも、その場に立ったままのグリアの背中に向かって話しかける。

「あ……良かったね、仲直りして」

しかし、グリアはくるっと振り返ると、その鋭い眼をさらに細めて不満を露にした。

「……張り合いがねぇ」
「え?」
「アレは、いつもの亜矢じゃねえ」
「うん…まぁ、見れば分かるけど」

亜矢が抵抗しないで『口移し』をしてくれるのなら、それはグリアにとって理想ではないのか。
グリアの矛盾した願望に、さすがのリョウもフォローのしようがなかった。




それからの、亜矢の毎日は………


家や学校では、基本的にいつもの亜矢だ。
しかし、ふとしたきっかけにより、亜矢ではない別の人格が現れるようになった。
そのきっかけは、やはり視界に魔王が映った瞬間であった。
その度に、亜矢は魔王と放課後の『密会』を続ける。
それは、亜矢が魔王を求めるように、自然な流れで。
だが魔王は亜矢に触れるだけで、それ以上の事はしない。


そして同時に、視界に死神が映った瞬間にも、それは起こる。
その度に、亜矢は死神と日課の『口移し』を続ける。
それも、亜矢が死神を求めるように、自然な流れで。
だが死神は唇に触れるだけで、それ以上の事はしない。


亜矢の中には2つの人格と意志が共存していて、それが交互に現れる。
そんな『異常』とも言える日々が、何日か続いた。