魔界で衝撃的な真実を打ち明けられてから、一夜明けた。
亜矢は、静かに目を覚ました。
何か夢を見ていた気がするが、思い出せない。
もしかしたら、昨日の夜の事も、全て夢だったのかもしれない。
隣では、いつものようにコランが亜矢にピッタリとくっつき、小さな寝息を立てている。
うん、大丈夫。いつも通りの朝だ。
そう強く信じて、昨日までの戸惑いや不安は意識の奥深くに追いやった。
ベッドから下りて、もう一度。

「………大丈夫」

独り言のように、自分に言い聞かせた。




いつものように制服を着て、いつものように玄関を出て。

「アヤ、行ってらっしゃーい!!」

いつものようにコランの元気な声に見送られて。
玄関のドアを開けると、いつものようにアイツがいて。

「……ちょっと、いい加減、待ち伏せしないでってば。悪趣味よ」
「ああ?趣味じゃねえよ、日課ってヤツだな」
「もっと悪趣味よ」
「しなきゃ、しねえで、寂しいだろ?」
「はぁっ!?誰が?あんたが?バカ言わないでよ!」

いつもらしい二人の会話。
だが……察しのいい死神の事だ。
亜矢がいくら平然を装っても、表情に出さなくとも。
グリアは、亜矢の顔を見ただけで、すぐに何かの『異変』に気付いた。
突然、グリアが亜矢の片腕を掴んだ。

「……っ!な、なに…?」

亜矢が驚いてグリアを見返す。
その仕草、僅かな表情からも、グリアは確実に異変を読み取った。

「テメエ、どうした?」

グリアの口から出されたのは、その一言のみだった。

「え?ど、……どうもしないけど?……放してよ」
「隠すんじゃねえよ、何があった!?」

人の心を見透かすような、いつものグリアの言動も、何故か今は亜矢の心を苦しめた。
グッ!と、掴まれた腕に力をこめられ、亜矢の身体が一気に引き寄せられそうにして傾く。

「嫌!!やめて、やめてよ!!放してっ!!!」

亜矢は力一杯、叫んだ。
グリアが驚き思わず手を放すと、その場が静寂に包まれた。
亜矢がグリアに抵抗するのはいつもの事。
だが、今のは明らかに『抵抗』ではなく、完全な『拒絶』であった。
いくら不本意な毎日の『口移し』であっても、亜矢は『抵抗』はしても『拒絶』は決してしなかった。
亜矢は、自分自身に戸惑っているのだろう。荒い呼吸を繰り返し、グリアを見据えたまま、次の言葉が出ない。
まるで怯えるような瞳を向けられたグリアは、亜矢の中で何かが起こった事を確信した。