そうして、またいつもの『日常』が始まった。






「よぉ、亜矢。なんだよ、逃げんなよ」

「きゃーっ!!やだっ……あっ!リョウくん、おはよう!今日も助けて…!!」
「あはは、亜矢ちゃんに頼られるなんて嬉しいなぁ」

あの日に想いを伝えて以来、リョウは亜矢への想いを隠す事がなくなった。
亜矢にとっては、それは少し照れるのだが、決して悪い気はしない。
だって、強引すぎる主張をする死神だって、目の前にいるのだから。




「……そういえば、天真さんが欲しがっていたリョウくんの『特別な能力』って、何だったのかしら?」

ふと亜矢はその疑問を思い出して、グリアに聞いてみた。
亜矢の部屋で夕飯を食べ終えたグリアは、お茶を一口飲んでフゥっと一息つくと、真剣な顔になって答えた。

「それは、シュークリームだ」
「そっか、シュークリーム……………って、はぁっ!?」

亜矢は反射的にノリツッコミしてしまったが、何故いきなり、そこで洋菓子の名前が出て来るのだろうか?

「ちょっと、真面目に答えてよ!!」
「真面目だぜ。天王の好物はシュークリームだ。しかもリョウの手作りのな」

亜矢はポカンとして口を開けたままになった。
そういえば…亜矢は、天真と名乗っていた天王と一緒にカフェでシュークリームを食べた事もある。
あの時はシュークリームの話で盛り上がったなぁ…と、和やかな思い出が蘇る。

「つまり…天真さんが手放したくないリョウくんの特別な能力って、『料理の腕』!?」

「そういう事だな」

「な、何よそれ――――――!!??」

あんなに過酷で辛い日々であっただけに、この結論には拍子抜けであった。






それぞれの形で、解放された想い。
きっとこの日常は、これからも変わらずに続いていくのだろう。






…………続いていくと、思われたのだが。






ここは、魔界。
魔王の城の、魔王の自室。
煌びやかな装飾で飾られた豪華な室内には、魔王オランと魔獣ディアの二人。
ディアは数枚の書類を手に持ち、魔王の正面に向かい、静かに報告をする。

「ご命令通り、亜矢サマの魂をお調べ致しました。天界に協力を要請しました所、快く資料を提供して下さいました」

椅子に腰掛けていた魔王は少し顔を上げ、ディアを見上げる。

「よくやった。お前に交渉を任せた甲斐があった」
「恐れ入ります」
「…で?結論は?」

ディアは目を伏せ、静かに頭を下げた。

「はい。全ては魔王サマのご察しの通りでした」
「………そうか」

魔王は、遠い昔を思い出すように一瞬、どこかに思いを馳せた。
そして何かを決意したかのように突然、椅子から立ち上がった。


「亜矢を迎えに行くぜ」


『迎えに行く』
この言葉が示す意味とは。
ディアは返事の代わりに、魔王に一礼した。






亜矢の知らない所で、運命の扉が今また1つ、開かれようとしていた。