グリアとリョウが、仲違いをした。
いつも、どこかで当たり前のように繋がっていたグリアとリョウの絆。
それが、何かのきっかけによって完全に断ち切られた。
その事に衝撃を受けたのは、亜矢だった。
このままでは、いけない。
どうすればいいのか?
自分に何が出来るのだろうか?






放課後、亜矢は校内に人がほとんどいなくなった頃を見計らって、職員室へと向かった。
人気のなくなった職員室に入ると、思った通り、そこには魔王の姿があった。
亜矢は静かに歩き、魔王の席の横に立ち、魔王と向かい合った。
魔王は椅子に座ったまま机に肘をつき、亜矢を見上げた。
どこか、余裕な笑みを浮かべて亜矢を見上げるその姿は、いつもの魔王らしい。
亜矢は思い切って口を開いた。

「魔王先生、相談があるんです」

学校では魔王は亜矢のクラスの担任教師なので、亜矢は敬語で話す。

「ああ、来ると思ったぜ。だから待ってたんだよ」

亜矢は少し驚いたが、今はそんな魔王が心強く感じる。
魔王は立ち上がった。今度は、亜矢が魔王を見上げる。

「さて、どこに行くか?保健室か?屋上ってのもいいよなあ、クク……」

何やら、全く別の意味での相談場所を脳内に巡らし始めた魔王。

「先生……あたし、真面目なんですけど」

亜矢が怒りを静かな口調にこめる。
すると、急に魔王も真面目な顔になった。

「オレ様も、あんたに相談がある」
「え?」

「挙式は和式と洋式、どっちがいいか?」

亜矢は、拳を強く握ってプルプルと震わせた。

「先生、叩いてもいいですか?」
「やってみな。当たらねえと思うけどな、ククク」

前例があるだけに、亜矢はそれ以上何も言えなくなった。
結局、適当に空いてる部屋を使う事にした。
二人だけの会議室で、魔王と亜矢は向かい合って座った。

「魔王も気付いているでしょ?死神とリョウくんがケンカしたみたいなの」

ここでは完全に魔王と二人きりなので、亜矢はいつもの口調に戻す。
だが、その口調にはいつもの力がない。

「ううん、ただのケンカにしては重すぎる気がするの。二人とも全く話さないし、目も合わせないのよ。あたし、どうすれば……。二人にどうしてあげたらいいの?」

静かに聞いていた魔王は、今にも泣きそうな亜矢を目の前に、さすがに今度ばかりは真剣に話を聞いている様子だ。

「確かに、あんたも、あの死神も天使もオレ様のクラスの生徒ではある。だが…」

魔王は少し間を置いて再び口を開いた。

「あんたが、他の男の話を持ちかけてくるのが気に入らねえんだよ」

亜矢はハっとして顔を上げ、魔王の顔を見た。
魔界の王である彼が高校の教師となって亜矢のクラスの担任になった理由は、他でもない。
亜矢を手に入れる為だ。
亜矢の相談に私情を挟む形になっても、それは仕方がない。

「まあ、オレ様を頼ったのは正解だぜ。オレ様は魔界一の悪魔だからな」

そう言うと、魔王は上半身を乗り出して向かい側の亜矢に顔を近付けた。

「だがな……悪魔にモノを頼む時の条件は知ってんだろ?」

亜矢は迫る魔王の視線に心臓を激しく鳴らしながら、その言葉の意味を探した。
そして、ある事を思い出して「あっ」と小さく声を漏らすと、頬を赤くした。

「そう、悪魔との契約に必要なのは『口付け』だ」

亜矢の反応が楽しいのか、魔王はニヤリと笑ってさらに亜矢に迫る。

「契約するなら、あんたの頼みを聞いてやるぜ」

だが、亜矢は顔を俯かせたままだ。
こんなつもりで魔王を相談相手に選んだ訳じゃないのに。
担任教師の魔王として、その強く大きな存在に、自然と自分の心が魔王にすがるようにして向かっていた。
こういうのが、彼の魅力なのだろうか。魔王は不思議な人だと亜矢は思う。
亜矢が沈黙していると、魔王は静かに身を引いて元の位置に座った。

「そうだ、それでいい」

魔王の口調は穏やかで、優しい口調。亜矢は顔をゆっくり上げた。

「力では、人の心は変えられねえ。だが、動かす事は出来る」

亜矢は、それを聞いて思い出した。
そういえばグリアも以前、同じ事を言っていた。

『オレ様の力でも、出来ねえ事がある。それは、人の心を変える事だ』

そう言っていた。今、やっとその意味が分かり始めてきた。
魔王は席を立った。

「あんたの思う通りに動け。状況を変えたいなら、てめえで動け」

素っ気無いように聞こえて、暖かく力強い言葉。
亜矢はその言葉に答えを見付け、立ち上がった。
部屋を出て行こうと背中を向けた魔王に、堂々として言う。

「ありがとう、魔王!」

いつもらしさを取り戻した亜矢の声に、魔王は振り向いて笑った。

「あんたには、その方が似合うぜ」